319.片想いトライアングル 2
普通目線で考えれば、あり得ない出会い方だった。
鮫浜あゆは狙いがあって近づいて来たが、池谷さよりは偶然に過ぎず、必然では無かったのだ。
そう思えばたとえ成り上がり令嬢であっても、庶民の俺なんかがさよりとお似合いかというとそうでもないだろうし、何故という疑問を浮かべられることだろう。
「何してんの、湊? 池谷さんなら迎えの車に乗って帰ったよ」
「え、何で? 彼氏なら送って行けばいいだろ」
「だから車に乗せるまでは送った。それだけ」
「さよりの家の前までっていう――」
「……出来るとでも?」
「いや……」
浅海はさよりと交際を始めた。
しかしあくまで形式上なのか、それとも俺に気でも遣っているのか、バイト先でしかその関係を垣間見ることが出来ないでいる。
夏休み中は南中付属と栢森から逃れるために、浅海の別邸に身を匿ってもらっていて、自宅にはしばらく戻っていない。
それもあって、さよりと話をするのもバイトの時だけだったりする。
そしてあゆの行方は分かっていない。
浅海の奴は分かっているのか、それともその気が無いのか、俺には一切彼女の話を振らないままだ。
別邸の部屋では一緒に寝て、ご飯の時だけは浅海のママさんと話をしながら飯を食う。
さよりの話は一切振らないし、とりとめのない話をするだけの日々だったりする。
「あら、それは大変ですのね~! それでも湊さんの方が手際が良いのではなくて?」
「そんなことはないですよ」
「浅海さんには知るべきことを知って、その上であの子と一緒になって頂かなくては……湊さん、浅海さんを支えて下さいましね」
「友達なんで、それはもう……」
などと、何故か浅海を任せられている。
そして別邸に戻り、いつも頭を下げられるのも当たり前になって来た。
「……いつもごめん」
「ん? 何で謝るんだ?」
「名前を出さないだけで、母が誰のことを言っているのか気付いているだろ?」
「まぁな」
「今俺が一緒にいるのは全然別の彼女だからね……俺も下手なこと言えないし、母が言う彼女はあの人で揺るがない」
「それなのに思い切ったというか、何というか」
「……湊には悪いけど、池谷さんのことも本気なんだ」
この言葉の意味はさすがに分からなかったが、俺が強く言い返せないのを知っていての言葉だろう。
他に何かの考えがあっての告白なのかなんて、聞けないし聞く資格も無い。
「本気……か。そう言われたら俺は何も――」
「違うよ。湊は優しいから」
「俺が?」
「それが湊のいい所でもあるんだけど、悪すぎる所でもある」
いい部分より悪い部分の方が上回っているじゃないか。
手当たり次第に優しくした結果のことを言っているんだろうが、嵐花のことも含めて、南中付属の女子に優しくした覚えは無いんだが。
「とりあえず、夏休み中は居酒屋バイトでいいんだよな?」
「そうしてくれると助かるよ。たとえバレても……いや、もうバレてるけど、俺が何とかするから」
「それは栢森にか?」
「全て……それと、夏休み中に俺は――」
「うん?」
「――っと、ごめん、電話。湊は先に寝てていいよ」
「あー、うん」
浅海は元々隠密的な行動をしていた奴だ。
それだけに、こうして同じ部屋で寝泊まりしている時間が、今でも信じられない。
話をしている途中にいなくなっていることも多かったから、それに疑問を抱くことは無かった。
しかし今は、誰が浅海に連絡を取っているのかが気になる。
さよりなのか、あるいはあゆ……それとも?
それはともかく、夏休み中のバイトで気になることがある。
栢森との関わりも無く、俺を真っ先にバイト勧誘したみちるのことだ。
今はどこか分からないエリアで過ごすしか無いが、夏が無理でも冬でもいいなら、みちるには何らかの形で協力したいと思った。
浅海を見習うじゃないが、俺も全てを決めて、決めたカノジョと楽しく過ごしていきたい。
◇
「高洲くん、おっそ~い!! おしぼり二つ、急ぎだから!」
「はいはいはい」
「そこじゃなくて、奥のお座敷! 急げ!!」
「ご、ごめん!」
「とろいぞ!」
「くぅっ……」
――で、夕方からはバイトなわけだが週末の忙しさは半端なく、浅海やさよりに絡む余裕は無く、俺の教育係? のミウに指示されまくりである。
どうやら目をつけられたようで、やたらと俺に構うというか、うるさく言うようになった。
「ほい、水でも飲んで」
「ど、どうも」
「ファミレスでホールしてたくせに、何でとろいの? ねえ、何で?」
あぁ、うるさい奴だ。
積極的な性格は憎めない感じだし、見た目は優雨に似たボーイッシュ女子だが可愛い部類だし、女子高だとイケメン女子と言われてもおかしくない。
それなのに世話焼きがウザい。
「やめてしばらく経ってるし、ここまで忙しくなかったから」
「え、学校を?」
「アホか!! バイトだ、バイト!」
「や、そこムキになることなくない?」
「的外れなことを言われたら、こういう反応するだろ」
いまいち掴みどころが無い子だ。
どうせバイトが終わればそれまでだし、そもそもここでしか会わない子に何をどうこう言ってもな……って感じになる。
「八十島くんは、ここが初めてのバイトって言ってたよ? それなのに~」
「……それが何ですか? ミウさん」
「別にぃ~? お気になさらず、働きたまえ」
「偉そうだ」
「いちお、バイトリーダーですよ? まさか知らなかった?」
「それはすみませんでしたね、ミウさま」
「……」
小声で何か呟いたようだが、恐らく『キモい』だとか『ウザい』だとかをほざいているのだろう。
「あ、それはそうと!」
「何すか?」
どうやらスルーした模様。
その辺含めて、リーダーっぽいようだ。
「明日から女の子入るから! 高洲くんよりも動けそうな子。何と! 家が定食屋らしいよ」
「へーそれは良かったですね!」
「手は出したら駄目だぞ!」
「俺バイトの身だし、役立たずの身なんで……んなことしませんよ」
「そうそう! 高洲くんはミウに従いたまえ!」
「へいへい」
結局バイト上がりまで、浅海にもさよりにも声をかけられなかった。
声をかけられたからってどうもしないが、やはり何となく気になる。
それなのにミウは絡んで来るし、新人も来るというから、いろんな意味でますます距離が離れそうだ。




