315.カノジョ、黙っていられず告白する
「ま、待て、落ち着け浅海!」
「待たない。それは俺にじゃなくて、かける相手がいるだろ?」
「……え」
その相手が誰なのかは、表情を見なくても分かることだ。
しかし浅海に半ば強引に引きずられる形になっているので、その表情はうかがい知れない。
「ど、どこへ?」
「湊はしばらく、俺の家で暮らしてもらうからな。それと同じバイトをしてもらう」
「バ、バイト? お前、バイトしてたのか? 八十島の家なのに?」
「家のことは関係ないだろ。湊はやっぱり変わってしまったんだな……前はそんなことを言わなかったのに」
「いや……変わったのは浅海の――」
過去のことを水に流して仲直り……それはいいとしても、浅海は変わったように思える。
その証拠が、さよりと行動を共にすることだ。
さよりは極度の人見知りで、俺以外の男に対して拒否反応を起こしがちである。
それが俺の知らない間に、浅海とすっかり仲良しこよし状態だから、浅海もさよりも変わってしまったとしか言いようがない。
「ちょ、待った!!」
「何だよ? この期に及んで、まだあの女子高に未練があるのか?」
「そうじゃないけどあみもそうだし、他の女子たちに言わずに勝手に――」
「ハァ……湊はすっかり栢森の術中に嵌ったんだな。元々女子の言うことを疑わない奴だと思ってたけど、ここにいる彼女じゃなくてさっきまでいた子たちのことを心配するなんて、ムカつくよ」
俺を担ぎながら走る浅海の腕から、俺を締め上げるような力が加わって来ている気がする。
担がれた俺は後ろに付いて来ているさよりを見るが、そっぽを向かれている状態だ。
さっきから言葉を発しないのも気になるが、下手に言うとボロが出るから黙っているのだろう。
「追っ手は来ていないみたいだけど、あの学校にいる子らは何をして来るか分からないな」
「そんなに危険なのか?」
「自覚無しってのも湊らしいけど、誰かから何か借りていないよな?」
「――あ」
「……それも湊らしいけど、とにかく湊はしばらく俺と一緒にいてもらう」
「ど、同居か」
「心配しなくても、俺にはもうそんな気は無いよ。今の湊を見ていたらなおさらね……」
ということは以前まではその気があったということになるが。
そうこうしているうちに見たことがある黒塗りの車が迎えに来ていて、それに乗り込んだ。
助手席に浅海が乗り、後部座席に俺とさよりが座った。
「何だ、手錠か何かしないんだな」
「湊はあゆさんに影響されすぎだろ。普通はしないよ、そんなこと」
「だ、だよな! は、ははは……なぁ、さより?」
「知らないわ」
「デスヨネ……」
「ふん」
隣に座ってもお許しいただけないくらい、怒り心頭らしい。
前に座った浅海はウィッグを外し、器用に着替えをして、すっかり元通りのイケメンに戻っている。
「と、ところでバイトって何のバイトだ?」
「湊が以前していたのに似ている。今はそれしか言わない」
俺が以前していたというとファミレスになるが、そうなると飲食系か。
ただでさえ比べられるのに、浅海と同じとか、精神に来そうだ。
何てことを考えていたら、目的地に着いていた。
「って、あれっ? 浅海の家と違うよな?」
「ここは離れの家。ここじゃないと母がいて落ち着かないだろうし、池谷さんも落ち着けない」
「ん? さよりも? というか、敷地面積ありすぎだ」
「鮫浜ほどじゃないけど、それなりに」
車中でも結局、さよりは無言を貫いていた。
俺は何も言えないし、言える立場じゃないことを察したので、浅海の家に着くまでは大人しくするしか無かった。
そのままの流れで浅海の部屋に案内されると、浅海とさよりは隣合わせで座り、俺は二人に向き合う形になった。
「な、何だ? 何事だ?」
何やらさっきまでと雰囲気が違う気がするが、何かあるのか?
「……湊は池谷さんのことが好きなのか?」
「い、いや、付き合っているぞ?」
「でも仮だろ? 湊が雇われてて雇い主は池谷さん。そういう逃げを作ってて、付き合っているんだろ?」
何とも痛い、いやその通りです。
それもさよりに甘えてしまっているわけだが。
「さよりはそれでもいいって言ってくれて……」
「昔の俺よりもタチが悪いな、湊は。優柔不断なのは直しようがないけど、いい加減にしろよ!」
「――あっあぁぁ……ってぇな」
「今のは手加減した。顔を歪めてないで、こっちを……池谷さんを見なよ!」
「く、くぅぅ……」
浅海の一撃がいつ入ったのか気付かない内に、わき腹に痛みがあった。
護衛をしている浅海の強さは知っているだけに、手加減と言われてもそういう次元の話じゃない。
「さ、さより……」
「いい気味だわ」
「そりゃないだろ~」
「湊にお話があるわ! とっとと立ち直って、わたくしを見つめて下さらないかしら」
「あ、あぁ……」
やはり今まで黙っていたのは、さよりなりの考えか。
浅海を味方に付けて、一体どんな謝罪をさせるつもりがあるのか、姿勢を正して向き直った。
「高洲湊! あ、あなたと別れて差し上げるわ!」
「――え」
「聞こえなかったかしら? 仮だとか雇用だとか、そういうのはもううんざりなの!! 湊の甲斐性なしにもこりごりだわ。あなたはあゆと別れたくせして、どうして……ん、もう!!」
「そもそも正式な付き合いでもなかったし、まともにデートも……」
「う、うるさいうるさい!! 別れるったら、別れるの! あ、あなたのことなんて視界に無いわ!」
「それを言うなら眼中……というか、わがまま娘に戻ったのかよ」
なるほど、浅海に助けを求めたのはこういうことか。
さより一人だけだと、感情が暴走して収拾がつかなくなるからな。
「湊。答えを聞かせてもらってないけど、答えは?」
「え? 答え?」
「池谷さんのことをどう思っているのか、だよ」
「答えも何も、今フラれたばかりで……」
「そう、そうか。湊はそうやってまた誤魔化し続けるのか。分かった、分かったよ」
「うん?」
そういうと、浅海はさよりの肩に手を置いて、そのまま自分の所に引き寄せた。
「あ、浅海さん? 何を」
「……俺に任せて」
「え、ええ……」
どうやらさよりにとっては予定に無かったことみたいだ。
それでも以前のように、浅海が触れることには拒みもしていない。
「湊! 俺は……池谷さんと付き合うよ。湊なんかには勿体ない」
「――っ!?」
「正気か? お前、だって……お前は――」
「湊には関係ないだろ? フラれた奴に言われたくないな」
「うぐ……」
いやいやいや、待て。
まさかの因縁相手同士の付き合いだとか、そんなバカな。
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