302.生か死か?と言われても。
一時はどうなるかと思っていたが、あゆも涙を流して落ち着きを取り戻したのか、さっきまでの闇はどこかへいなくなっていた。
鮫浜マンションを早々に出た俺たちは、デートのやり直しをする為に、代わり映えの無い街に出ることにした。
ここでもあゆが主導権を握り、俺の手を握ったまま先導する。
――かと思えば、振り向きざますぐに笑顔を見せながら、答えを求めて来る。
「湊くん。さっきのラーメン、お腹に入らなかったよね?」
「味も何も分からなかった……(あんなことをしといてよく言う)」
「くすっ……じゃあ、何食べたい? 色んなお詫びに、食べさせてあげる」
色んなお詫び……って、それも彼女らしい言葉だ。
俺の手は彼女に掴まれたままなので、恐らく何を言っても、行き先は決まっているのだろう。
「何でも」
「……本当に?」
「あゆが行きたい所があるなら、それでいいよ」
「ん、それじゃあ――」
嬉しそうに話す彼女の姿も、紛れも無くあゆそのものだ。
そんなあゆの言葉を待っていると、突然目の前が真っ暗になった。
もしかして闇世界へご案内されたか? などと一瞬思ってしまったが、全然違ったようだ。
「――っつう……な、何だ……!?」
気付いた時には、どこかの雑居ビルの壁に体を叩きつけられていて、全身にダメージを負っていた。
かすり傷程度だが、手の甲がひりひりするのでどこかにこすって、擦りむいて赤くなっている。
どう見てもどこかの野郎に不意打ちを喰らって、吹き飛ばされたらしい。
繁華街だけあってそこそこ注目を浴びているが、俺ではなく彼女とソイツを見た途端に、そそくさといなくなっている。
この辺は鮫浜支配の街だけあって、関わらないという判断が生まれるに違いない。
うーん、痛い。
鍛えるのをサボっていたツケで、手を地面に付けたまま起き上がれずにいる。
「よぉ……高洲ぅ。生きてるかぁ?」
つくづくしつこい野郎だと感心してしまうが、よりにもよってあゆといる時に遭遇するとは。
「……おかげさまで。と言った方がいいのか?」
「悪ぃな。こんな時間にこんなところで、一緒にいて欲しくない相手といたもんだから、手が出ちまった」
「とっくにフラれて逃げ帰ったんじゃなかったのか、鮫島」
「けっ、誰のことだよ、それは。で、何でだ?」
「何でと言われても困るんだが……」
「俺があゆの許婚と知っていながら、何でしつこく近づきやがる! 手まで握ってムカつくぞ、くそが!」
単なるひがみですね、分かります。
それにあゆの運命の相手は、こんな野郎ではなく本物のイケメンだ。
初めて近づいて来た時は、土下座が得意技の馴れ馴れしい野郎だったのに、本性が出てからはただの暴走野郎とかまさに偽物。
『鮫島さん、湊くんは何もしていない。何度か言ったはずです……私は関係ないと』
あゆを放置していた鮫島に、若干イライラを見せながらあゆが近付き、声をかけて来た。
この話し方は、俺やさよりに見せる雰囲気ではなく、あくまで世間体的などうでもいい相手に伝える言い方に聞こえる。
彼女は俺と知り合う前から、鮫島に言い寄られていたのかもしれない。
「鮫浜が関係なくても、俺は関係してるんでね。あなたに近づく奴は、生きるか死ぬかを選ばせてやることにしている。それが許婚としての役目ってもんだ」
「そんなの頼んでない」
「頼まれなくても俺の判断でやってる。それなのに、何で高洲にこだわってんのか知りませんけどね」
「ここまで見せても分からないあなたに、言ったところで通じるとでも?」
「あぁ、そりゃそうですね」
これは鮫浜と鮫島の闘争に発展か?
しかし情けないことに、叩きつけられた痛みがじわりじわりと襲って来ているせいで、体を起こすことも難しそうだ。
「湊くん、ごめんね。私、キミとご飯に行く前に……鮫島と飛んで来るね」
「へ?」
マンションの部屋でもそんな意味不明なことを言っていたが、飛ぶって何のことなのか。
鮫島はそんな言葉の意味を知るよりも先に、俺を介抱しないあゆに寄って、肩を抱きながら立ち去ろうとしている。
「まぁ、そういうことだ。高洲はそこで寝とけ! しばらくしたら、残念な奴がお前を見つけるだろうしな」
「ふざけんな……く、くそ……」
「素人が鮫浜に近づくと、こういう目に遭うってことだぜ? まぁ、本当に病院送りになるわけだし、ウソがバレなくて良かったんじゃね?」
ううむ、我ながら喧嘩に勝てないな。
相手の方が強いとはいえ、不意打ちは卑怯すぎるだろう。
鮫島の言う通り、真面目に病院送りっぽいので、とりあえずこのまま大人しく目を閉じることにする。
闇天使に近づくと生死を分けるとか、シャレにならない。
しばらく落ちかけるようにして、壁際で寝転んでいると聞き慣れた声が聞こえて来た。
「……そ、そんなところでも眠れるなんて、あなたは真性なのね」
反論する気力が無いので、言わせておくことにする。
「ふふん、え、選ばせてあげるわ! ここで生きるも死ぬも……わたくし次第ということになるわね!」
お前は鮫島か!
何でこんなどうでもいい場所で、そんな選択を迫られねばならんのか。
「……んもう! な、何とか言ったらどうなの?」
いや、言えないくらい口の中が鉄の味でアレなんだが、とことん残念な奴が俺を見つけてくれたみたいだ。




