3.デフォルトはお嬢様言葉らしい
「――何だよ? 言っとくけど偶然だからな? だからその目はやめてくれるとこっちも清々しい朝を過ごせるんだが?」
いつものように少し余裕をもって家を出る俺は、何も考えずに玄関のドアを開けた。今の季節は一年目の夏。だから当然ではあるが、半そで透け透けでヒラヒラな制服なのは仕様であって、それを指摘されるのはお門違いと言える。言えるが、悪魔は半端なく自意識高い系らしい。
「あらあら、もしかしてわたくしが玄関の扉を出るのを見計らって、あなたはドアを開けたのかしらね? それは筋金入りの追走者だということかしら。分かるけれど、わたくしは美少女ですもの。追いかけて来たくなる気持ちを我慢するのもあなたの試練にもなるのだわ。それといやらしい視線を朝から浴びせてくるのは感心しないわね。いくら魅力的過ぎる細腕と肌白いスベスベな身体だからって、夢中になるのは正直どうかと思うのだけれど」
「すみません、それはあなたのデフォルトですか? いや、違うでしょう? ねえ、自称美少女のさよりさん」
「何のことかしら? わたくしはこれが普通ですことよ。あなたのように可哀想な視力ではないの。あなたは自分の姿を遠くから見つめ直す必要があるのではなくて?」
コイツはアレだ。真性の猫かぶり……いや、見た目だけは本物の美少女なのだが、言葉がついて行っていない。気付いていないようだから俺が教えてあげてもいいが、今日からが初登校で初お披露目のようだし、俺も大人な対応をするしかないのかもしれないな。本性は悪すぎる言葉遣いと、切ないオムネさんなのだから。
「残念だが、俺は一人なんでね。自分の姿を遠くから見つめるなんて、そんな特殊な能力は持ってないんだ。良かったら、さより様が俺を遠くからうっとりするくらい見つめてくれてもいいんですよ?」
「誰が残念だ、この野郎! お前を朝から間近で見なきゃいけないこっちの気持ちにもなれよ、ごらぁ! んんんっ……そうね、遠くからなら顔を赤くして照れながらも、遠くのイケメン動画を撮り続けるのも悪くないわね」
そうかタブーなお言葉は残念という二文字なのか。それは一つ学習した。ナイムネさんよりも、むしろそのどこから拾って学んでしまったひどい言葉遣いの方が、よほど残念すぎるわけだが。
これに関しては他人から指摘することではないな。本人が過ちに気づいて直すようにしないと直らないだろう。
「中間は無いのか? デフォルトがソレなのは理解した。けど、疲れないのか? それとも学園内ではそれで通すのでございますか?」
「それが何か? あぁ、あなたはそれが普通なんでしょ? わたくしはお嬢様だし美少女なの。それは確かよ。紛れもない本物のわたくしに庶民な言葉遣いを使えとでも?」
「美少女は認める。だが、お嬢様は認められないな。だったら、お付きの者がいてもおかしくないはずだし。すぐに分かることだから同情はしないが、うちの学園は美少女だけでは通用しないぜ? 通用するのは男連中だけだ。お前のその無駄すぎる瞳は簡単に石化させてしまうだろうが、女子はそうではないな。友達が出来るかどうかで言えば、さよりに女子の友達なんて出来っこない。何なら俺が――」
「結構よ。転校初日にあなたのような偽メンがわたくしのお友達だと知られたら、すぐに蔑みと憐みの目を向けられてしまうもの。あなたは落ち着いてゆっくりじっくりと自分の姿を鏡で映し出す必要があるわね。あぁ、鏡があなたの姿に耐えられなくて割れまくりなのだとしたらお気の毒だけれど」
くそが。いや、俺も汚いお言葉を使ってどうするよ。冷静に、俺は正しき上品な日常会話を心掛けねば。
「それで、天使……じゃなくて、あゆちゃんは一緒じゃないのか?」
「申し訳ないけれど、あの子は友達ではないの。お屋敷も少し離れているのだから、普段から一緒にいるわけではないのよ。それに転校初日が二人同時とは限らないことですし、まさかと思うけれどあなたの両隣に美少女を歩かせて、一瞬でも夢を見たかったのかしら? それは叶わない夢だわ。あり得ないことですもの。好き好んで偽メンの隣を歩くだなんて、この世に生まれてきたことを絶望してしまうわね」
「お屋敷? どう見ても建売のそれもモデルハウ……」
「黙れこの野郎!」
「――ふごっ」と、華奢でスベスベな手で口を封じられてしまったのだが、手だけはお優しい肌触りである。実体はとても残念でならない。別に建売が悪いだなんて一言も言ってないのだが、あくまでも認めたくないようだ。少なくとも俺の家よりは新しめだし、最近モデルチェンジしていたから以前よりは綺麗なんだがな。
「んんっ、遅刻はしたくないの。悪いけれど、あなたと無価値な会話をしている余裕は無いわ。あなた、先に歩いて行ってくださらない? わたくしは離れて付いて歩くから」
「お前もしかして、行き方が分からないのか? 手続きとかで一度は行ったはずだよな? 一度では行き方が覚えられないくらいに残念なのか?」
「黙れ偽野郎! 下賤な輩は黙って言うことを聞いてればいいんだよ! 分からねえのが当たり前だろうが。てめえみたくずっとここに住んでいたわけじゃねえぞ? 足りない頭でよく考えてから発言しろや」
「あ、はい。分かりましたよ、確かにそうですね。いやぁ、さすがお嬢様は違いますね。そのお上品でど下品なお言葉遣い、学園の皆々様方にはいつバレるのでしょうね。これはわたくしめの趣味として観察させていただきますよ」
予想よりも禁句は使えるようだ。そして迂闊に使ってもいけない。特に俺と彼女以外の見知らぬ人間がいる前では。二文字で彼女の人格が変わるのか、あるいは素を見せてくれるのかは分からんが、よほどその二文字を言われ続けて育ってしまったのだと推測できる。いや、家族にではなく環境だろうけどな。
世間は完璧な美少女に期待してしまうからな。気持ちは分かる。どうしてもそこに視線を浴びせてしまうのだろう。
「は、早く先に行ってよ。お願いだから、案内してくれないと遅れちゃうじゃない! お願い、お願いよ。高洲君。言うことを聞いてくれたら、学園で時々は声をかけてあげるから、だから――」
「ふー……何だよ、可愛いとこがあるじゃないか。もし同じクラスになっても声をかけてくれるなら案内してあげようじゃないか。別クラスだったとしても、廊下ですれ違う時には君の笑顔が見たいなぁ」
「早く早く! 時間が無いんだってば。それも含めて検討してあげるから、先に歩いてよ!」
どうやら現時点ではデフォルトが偽お嬢様で、タブーな二文字で狂暴な性格。そして、今はまるで幼馴染風に甘えてくる、何とも可愛くてマジ惚れしてしまいかねない話し方の人格のようだ。
もしや多重人格か? どれが本性なのかは今の時点では計り知れないが、友達になれなくても好きになってしまえばどの性格でも許せてしまうかもしれないな。見た目が美少女なのは本物だしな。オムネさんだけをのぞけば……。