254.冷却期間と冷蔵女子
さよりがおかしい。
いや、おかしいのは元からだが、人の顔を見るなり顔を真っ赤にさせ、そのまま保健室へ直行することが増えた。
以前にも似たことがあったので、そのことについて浅海に相談してみた。
「池谷さんが?」
「そ、そうなんだよ。俺の顔を見るとすぐに顔を紅潮させて、活動停止状態になるんだよ……」
「何かした?」
「したというより、された……だな」
「何を? って、二人の今の関係性ですごいことって言ったら、キスかな?」
「そ、そうなんだよ、うん」
鮫浜と別れ、栢森に転校をして来てからというもの、これといってさよりとの間に、大した接触は無かった。
姫との間には多少のイレギュラーなことがあったが、それは忘れるとして……問題はさよりだ。
「偽彼女として付き合ってた時も、キスはしてなかったんでしょ?」
「うん。肩を抱いたくらいかな……それだけでも保健室だったけど……」
「じゃあアレだね、興奮状態が収まらない状態。それがずっと続いているんだね。彼女の場合、学園の時に不意に奪われた以外は、湊としかしてないだろ?」
「多分な」
「あんなわがままな彼女だけど、純粋すぎるんだろうね。湊しか知らないのに、自分でしてしまった行為を今になって思い出して、顔も見られなくなった」
「いつ直るんだ?」
「冷却期間が必要だね。それこそ、喧嘩してなくても会わないようにするとか、話をしないとか」
「そ、それしかないか。浅海、ありがとな!」
「じゃあお礼にキスしてくれる?」
「ヤメテ」
浅海の発言はシャレにならない。
それはともかく、さよりが冷静になるには、しばらく距離を取るしか無さそうだ。
そうなると教室でも、なるべく顔を見ないようにすればいいということになる。
どうするべきかをしばらく保健室前で悩んでいると、不意に声をかけられた。
「湊くん」
「……ん?」
「こんにちは、保健室に何か用でした?」
「あぁ、えと、池谷が具合悪くしたから連れて来ただけなんだ」
「ふぅん……? じゃあ湊くん、朝と帰りはどうするの?」
沖水はこの前の送迎車乗り合いに反省をしたらしく、あれ以来朝に会うことは無くなっていた。
さよりとは友達なはずで、それこそ仲直りをしているはずだし、そもそも中身が鮫浜だから当たり前なのだが、本人たちが隠したがっている以上は俺からは何も言わないでいる。
「湊くん、お昼はいつも一人?」
「大体そうかな」
「そうなんだ。じゃあ、お昼はわたしと食べよ?」
「沖水と? 優雨も一緒でも構わないけど……」
「わたしと二人は、嫌……?」
「そ、そうじゃないけど、緊張するっていうか、うるさくても優雨がいれば気が楽になるっていうかね」
「そういう立ち位置なんだ? じゃあ声をかけておくね。じゃあまたね、湊くん」
「うん、また」
外見もそうだけど、仕草も態度も学園の時とはまるで違うし、全てを変えて来たのは驚いた。
果たして鮫浜……現沖水を、その辺の女子と同じように考えていいのか、さっぱり分からない。
そんなことを思い悩んでも仕方が無い、そう思っていたら、あっという間に昼休み時間になった。
「みなとぉ! たまにはあたしと昼を過ごすか?」
「嵐花のお誘いは嬉しいっすけど、今日は先約がありまして、また今度!」
「ちぇっ……何だ、そうかよ。池谷……じゃなさそうだが。誰だ?」
「す、すんません! 急ぐんで!」
機嫌のいい嵐花なら許してくれる、そう思いつつ後で謝ることにして、急いで学食へ向かった。
「ふん……気になることを言いやがって……どんな女か見てみるか」
優雨をあえて呼んでもらうことにしたとはいえ、俺としては久しぶりに元カノとご飯を食べることになる。
そう思っただけで、何となく緊張しながら急いでいた。
食堂に着くと、予定通りに口うるさい優雨が俺を見つけて、すぐに声をかけて来た。
「おーーーい! 湊くーーーん!! こっちこっち!」
「叫ばなくても分かってるっての……って、え?」
「……高洲、どうも」
「驚いただろ~? 蒼ちゃんも沖水ちゃんと友達になったっていうから、呼んでみたのだ!」
「あ、あぁ……」
沖水の友達ということにも意外で驚いたが、誘いに乗ったのか強引に引っ張られて来たのか、そこが気になる。
しかも肝心の沖水の姿が見えていないだけに、どうすればいいものか。
「沖水さんは……?」
「うん、そこにいるよ?」
「へ? あっ!?」
「……ふふっ、湊くん」
「や、やぁ……」
「うん」
優雨とみちるに気を取られていたこともあったが、まさかすぐ傍にいたなんて思ってもみなかった。
「――うっ? ひ、ひえぇぇえぇ!?」
「湊くん、驚きすぎ。どう? 気持ちいい?」
「……え? 何だ、冷たすぎる缶コーヒーか。気持ちいいというか何というかね」
これも沖水の得意技と言っていいが、何かしらの驚かしをするのが好きな彼女だ。
俺と沖水のやり取りに、優雨とみちるはポカンとしていた。
「……何だ? どうした?」
「どうかしました? 二人とも」
「沖水ちゃん、すごい!! 湊くんを早くも手懐けているなんて! ど、どうやったの?」
「……経験の差、そういうことなんだ?」
手懐けとか、それは違うと思うが……沖水を見てみると、何とも嬉しそうな微笑を見せていた。
「そんなわけで、ボクと蒼ちゃんは空気を読むことにしたのだ!」
「何?」
「高洲、夫婦水入らず」
「夫婦じゃないからな? みちるもそんな、空気なんて読まなくても……」
「湊くん、嫌……ですか?」
「じゃないです……」
みちるを連れて来た時点で、そんな予感はしていた。
いきなり二人きりとか、聞いていないんですが?
そんな俺の心の叫びに関係なく、優雨とみちるは、食堂からそそくさといなくなってしまった。
「……食べよ?」
「で、ですね……は、はは」




