20.諸事情により、改装工事中です。前編
恐れていた奴がとうとうシフト表に名を連ねた。もうこの店は駄目かもしれない。そして店長、今までありがとうございました。俺は店長のことは一か月くらいは覚えておきます。どうか、新天地でもお元気で。
とまぁ、心の中で心を込めた言葉を思ってしまったわけだが、てっきり採用から自然消滅的な流れかと思っていたのに、職業体験の中学生たちの期間が終えたと同時に、さよりを本格的に始動させることにしていたらしい。喜んでいるのは、店長と名も無き同僚……要するに俺以外の男だけである。俺は止めたよ? 心の中で。でも運命は変えられないものなのだ。さよりを採用しちゃった時点で、名も無きファミレスが新たなファミレスに生まれ変わる機会を得たのだろう。
それにしても中学生たちの撤収が早かった。実を言うと、池谷妹の姫ちゃんのことは結構気になっていた。告白こそお断りをしてしまったのだが、声とか背中とかに関係なく、好きと言ってくれたのは素直に嬉しかった。頬にキスをしたのも特別な感情ではなく、単なるお礼だったとしてもそれでも、気持ちは有難いものだったのだ。池谷の家に行かない限りは会えなくなったかもしれないが、一年後には同じ学園に入ってきて欲しいと願っている。もしくは池谷の家を出て、俺の妹になってください。それくらい可愛い子だった。それに引き換え……引き換えられない残念さが店内に漂い始めようとしている。
「えー、そういうわけで、今日からホールに立ってもらう池谷さよりさんです。彼女は初めてのバイトのようですから、みなさんが教えてあげてください」
「全力でお断りしま――」
「高洲君。安心していいよ。池谷さんには入江さんについてもらうから。君は自分のペースでよろしく」
おぉ、やばい。ついつい本音の言葉を口に出してしまったじゃないか。そして入江先輩、すみません。
「い、池谷さより……と、申しますわ。わたくし、何も知りませんけれど、皆さまを手足のように使って差し上げますわ」
おい。いや、もう何も言うまい。周りはドン引き以前に、やばいのが来たと誰もが理解したようだし。もっとも、店長だけはにこにこしながら満足げに頷いているみたいだ。店長の顔を見られるのもあとわずかなのか。
「えーと、それじゃあ池谷さん。私があなたを教えるから、まずはテーブルを拭こうか」
「拭く? それはどういう意味ですの?」
「えっ? こうやってテーブルを……」
「それに何の意味があるか、教えて頂けるかしら?」
「ま、参ったなぁ。そんな日常的なことが出来ないくらいのお嬢様ってこと? せめてこれくらいは出来て欲しいのに」
くそ、池谷め。入江先輩を困らせやがって。偽お嬢様のくせに家でも何も出来ないのか? だけど嘘かホントか分からないけど、料理を作ったとか言ってたはずだ。実は姫ちゃんが全てやっているというオチじゃないよな。しかしそれすらも聞けないし、俺は見ていることしか出来ない。
「と、とにかくお客様が来たら声を出して。さっき渡したメモの通りに声を出してね」
「分かりましたわ」
「それくらいなら出来そうだね」
そして予想通りだが、男連中ばかりが来店している。やはり見るだけなら分からないものなのだ。一見すると、確かに清楚な感じがして優しく微笑めば、それまで犯してきた何かの罪を流してくれそうな気がする。しかしそれはあくまで、幻想にすぎない。実態は人を、特に男のことを穢れた下等生物としてしか見ていないのだ。そして俺の予想以上に事が動き出す。入江先輩は恐れを知らない……というより、池谷を知らないということもあり、注文を取りに行かせるというスパルタ教育を実行した。それも明らかにガラの悪そうな男たちに。そろそろカウントダウンが始まったようだ。俺も野郎ではない適当な女性客の接客を一人くらいはしたかった。
「おい、綺麗な姉ちゃん。水を四つ!」
「水? 水がお飲みになりたいのなら、この近くにある公園のお水を飲めばよろしいのではなくて?」
「はぁぁ? 何だそりゃあ! 面白いことを言う姉ちゃんだな。じゃあ、ドリンク4つでいいや」
「初めからそう言えばよろしいのに、下賤な輩はどうしてこんなにも面倒なのかしら」
「(池谷さん、戻って! 私が代わるから)」
「どこからか声が聞こえてくるわね。もしかして、あなたたちかしら? 当然ね。わたくしのような高貴な身分を前にしていて、見惚れるだけでは収まりがつかないのでしょう? もっと褒めなさい」
「何言ってんだこの姉ちゃん。あぁ、そうか。よく見りゃあそこそこに綺麗だが、俺らのアイドルほどじゃねえな。それに、その胸だけはどうにもならないみたいだな。そこが残念過ぎて見向きもされないとこだろうよ」
げっ! そ、それを言っては駄目です! 兄ちゃんたちのアイドルが誰なのかは分からんけど、そんな余計なことを言わんでもいいじゃないか。池谷が美少女なのは誰が見ても分かる。だが上には上がいる。それも分かるけど、その禁句は駄目ですってば! もうダメなのか、そうなのか。
「……今なんて?」
「ああん? だから姉ちゃんは、その胸がもうちっと成長すりゃあ、人気者になれそうだ――」
「――アっ」




