2.天使と悪魔、ドリンクバーを注文する。
「おい、高洲、アレ見てみ? スゲーのが客として来たぜ。注文取り行きてー」
「ん? どっかのモデルか? 見ないレベルだけど、全てが完璧とは限らないだろ。特にあの黒髪の女。残念過ぎる……家族でファミレスとは随分と庶民派じゃないか」
「贅沢な奴め。あぁ、くそっ! 俺もホール希望すればよかった。ほら、行け! 美少女が高洲をお呼びだ」
「別に俺を呼んでるわけじゃないだろ」
同僚バイトの奴とはそれなりに仲がいい。暇な時なんかは、店に入ってくる女性を品定めするという悪趣味なことをしている奴だが、残念なことにコイツは厨房で俺がホール。
ふっ、天はきちんと俺に味方してくれている。
少なくとも俺は見た目では判断も評価もしていないからな。そこが運命の分かれ道だったわけだ。
美少女とその家族はとても穏やかに談笑しているように見える。注文のボタンを押されたので、ホールであるこの俺は、足を動かして注文を取りに席へ向かった。
パッと見美少女な女以外は、至って平和そうな家族に見える。
両親に加えて、ご近所らしき家族とその家族の娘も同じ席についていた。
妹のような幼さと癒し系を兼ね備えた可愛い女子だ。どういう付き合いなのかは知らないし興味も無いが、俺と同い年くらいだろうか。
「ご注文どうぞ」
「ちっ、近くだと肩を落としまくるくらい、ガッカリレベル」
「だ、駄目だよ、そんなことを言ったら。聞こえたら可哀想だよ」
バッチリ聞こえるように言いやがってますよ?
美少女は舌打ちしながら俺を見つつ、何度も首を横に振っている。
ガッカリとは何だ? というかコイツの本性は性悪で確定か?
それに引き換え、癒し系な彼女は天使のようではないか。すかさず俺の顔を見て憐れむように微笑んでくれているぞ。憐み? ん?
「ドリンクと本物のイケメン」
「私もドリンクかなぁ」
「……以上でよろしいですか?」
どうやらこの子たち以外の大人たちはまとものようで、きちんと一品物を頼んでくれた。
もっとも、ドリンクバーだけってのは珍しくない。だけどイケメンを口に出して注文するアホな客は、今まで出会ったことがない。
見た目だけは美少女のように見えるが、実はコイツは悪魔か? 思わず俺も聞こえるように口走ってしまうじゃないか。
「……残念すぎる」
「ねえ、あゆ。今何かあり得ない言語が飛んできた気がする。残念なのはてめえの方だろって言いたいけど、あゆもそう思うよね?」
「え? う、うん。でもほら、制服から先に見れば見えなくもないと思うよ」
何かがひどい。天使に見えてこの子こそが真の悪魔か? 言葉遣いは一見優しいように感じるというのに。
正直腹が立つが、オーダーを言いに背を向けて厨房の方へ戻ろうとすると、途端に黄色い声が聞こえてきた。
「あー、背中はイケメンだ。顔さえ見せなければ付き合ってあげてもいいかも」
「さよちゃんの言う通りホントだね。背も高いし、スタイリッシュ? やっぱり制服姿はいい感じかもだよ」
背中がイケメンって何だよそりゃあ。それに制服姿がいい?
くっ、俺自身は否定かよ。くそう、ドリンクバーの女たちに偉そうにされるいわれはないぞ。上から目線とは随分と自己評価が高いじゃないか。
舌打ちする美少女改め悪魔と、天使に思えただまし討ちな女子とはここ以外で会うことも無いだろう。どんな奴でも客は客。
見るだけならあの女も見られるわけだし、俺も遠目から見させてもらう。
バイトを終えて家に帰ろうとすると、ドリンクバーの悪魔と天使らしき女たちが俺の家の前に立っていた。
それもどういうわけか、似合わない照れを見せながらだ。
もしや襲撃か? その前に俺のことは背中と制服でしか認識していないはず。顔を合わせた所で声すらかけてこないだろう。
気にせずに家の中へ入ろうとすると、空耳か幻聴か分からないが女の声が聞こえてきて、俺を引き留めようとしている。
何故自分の家に入ろうとするのを引き留めるのか、理解に苦しむ。
「――何か?」
「あなた、この家の人? さっき見た店員に似ているけれど、他人の空似かしら?」
「え、えっと、私とさよちゃん……じゃなくて、私たちはあなたのお家の隣同士なんです。だから、ご近所付き合いが増えると思うので、良かったら仲良くしてくださいっ! でも無理はしなくてもいいですので」
「越してきた? へぇ、どこから?」
「それを聞いてどうするつもり? キモイことを言うなんて想像以上すぎて雑草が辺り一面から生えてきそうなのだけれど、生えてくる前にキモさをどこかへ消してくれると助かるわね」
「は? そういうあんたこそ、見た目だけは美少女っぽいが、残念なお胸が所在なさげにしてますよ? かわいそうだと思わないのか?」
「ああ、そう。それじゃあ、この面白くもない引っ越しタオルは要らないわね? いえ、むしろこのタオルで顔を隠してくれるなら話を続けてあげてもいいわよ? えーと、偽メンさん?」
この女……言葉が悪すぎる。そしてひどい。癪だが俺から名乗るしか無いのか。
引っ越しタオルもこの女じゃなく、家族が持たせたものだろうし捨てさせるわけにはいかないな。
「高洲湊。東上学園に通ってる。あんたらは?」
そう言ったところで名前も俺のような雑魚には教えてもくれないだろう。
「あゆだよっ! 鮫浜あゆ。私も東上学園に通うの。よろしくです! あ、でも学園では声はかけてこなくていいですからね。他人ですし、湊くんも迷惑だろうし」
「池谷さよりよ。あなたのようにイケメン詐欺な男とは仲良くするつもりなんて無いので。学園では気軽に声なんてかけてくんなよ? うぜえし」
あー……悪魔も天使もどっちも残念だった。見てくれだけは良かったのに、本当に残念すぎた。
天使の女子の方がまだマシなのか。天然か計算かは分からないが言葉遣いは汚くないわけだし。
それに引き換え、お胸が残念過ぎる見た目オンリーな女は、言葉遣いも性格も何もかもが壊れてしまっているようだ。
「あーはいはい。安心していいですよ? 仲良くする気は無いんでね。言っとくが、学園にはお前のような見た目美少女は沢山いるんだよ。それでも池谷のような暴言女はいないな。せいぜい騙してみるがいい」
「湊に言われたくないんだけど?」
いや、何で俺の名前を早くも呼び捨てにするの? それも下の名前を。俺も呼んであげたくなるぞ。
「さよりとあゆだな? 俺もそう呼んであげようじゃないか」
「雑草が生える。そういうのは本物のイケメンになってから言わないと困るわね」
「あゆは別にいいよ。だけど、学園で呼んだらどうなるか分からせてあげるからね。湊くん」
駄目だ。どっちも手に負えない。どっちも最悪か?
ご近所でしかも隣同士なら、強制的に仲良しを装わなければならないな。もちろんそれは親たちの為だ。
あぁ……よりにもよって悪魔と堕天使な女が俺の家を挟み撃ち。
楽しく過ごしていける……のか?
バイトも知られ、家もよりによって……まさに最悪すぎる日々が始まってしまった。