186.だからといって変わらない学校生活
嵐花と一緒にいる時、他にも俺に近づく気配の女子がいるかもしれない……とは言えずじまいだった。
それの象徴みたいなものが、目に見えて襲って来たのがまさに今朝の出来事だったりする。
未だにチャリで登校している俺は、息を整えながら昇降口にたどり着いた……までは良かった。
「湊くーーん! おはー!」
彼女が出来たからといって、日常が大きく変わるわけではないというより、変わったのは自分だけであって、学校で会う彼女たちは何も変わっていないという朝である。
「……お前まだ俺にアタックして来んのか? 優雨」
「まだってどういう意味だよー! というかおはよーって言ったんだぞー!」
「バッドモーニング! 以上、じゃあな」
「待てー! 待ってってば。湊くんはもう諦めたのか?」
「何がだ?」
「蒼ちゃんのこと」
諦めるというより、ただでさえクラスが違って会わないし、優雨と同じクラスにいたりするし話もしたくない野郎もいるから、自然と疎遠になるのは仕方ないことだろう。
当初の予定ではバイトを始めるつもりで届けを出した。
すでに受理はされているのだが、夏休みに入ってからの方が住み込みやすいという結論に至っている。
それだけに普段から、みちるに会いに行くというのは、おかしなことになるだろうと思っていたのに、コイツはそういう細かいところは気付かないらしい。
「そういう関係じゃないし」
「蒼ちゃんの家に入って一夜をともにした仲なのに!?」
「泊まっただけだ。何も無いぞ? それにみちるもそういう感情が無い女子っぽいし、優雨だけが浮きまくりなのはどうなんだ?」
「えー? つまんなーい! 湊くんは欲が無さすぎるぞー! もっと素直に欲を出して、優雨を知ってくれても構わないんだぞー」
「結構だ。お前は自分の教室に行ってくれ」
「むーかーつーくー!」
一体なんで、あんな一方通行すぎるヤツに好かれてしまったというのか。
あの手の騒がしい女は、好みにもかからないし、好きになる理由が見当たらないというのに。
闇でも病んでもいないけど、いちいちうるさいのも勘弁して欲しい。
首を何度も左右に傾げながら教室に向かうと、第一の彼女が俺を待ち構えていた。
「お、遅かったのね! 一体どこで道草を食べていたというのかしら?」
「道草を食って、だ。それに朝の段階で寄り道する余裕なんてないぞ、さより」
「草を食っていたのね? い、いくら下民の分際でも、もっとまともな食事を摂るべきだわ!」
「あー……もう、前より悪化したのか? それとも退化してきたのか」
「じょ、冗談よ! ふふん、わたくしにだって冗談くらい言えるのだわ」
何かがおかしい気がするが、彼女となったところで特別変わるわけでもない。
それなのに、さよりが冗談を言い放つだとか……いや、真相は冗談なのか本気なのか、自分でも分からなくなったからだと思われるが、相当浮かれている様に見える。
「あぁ、忘れてた。おはよう、さより」
「お、おぉぉ……」
「雄たけびか?」
「お、お早う、湊。ご機嫌いかがかしら?」
「まぁまぁだ。そういう君は?」
「キ、キミキミ……」
「落ち着け。言い方を変えただけで何も変わってないからな? いや、意識しすぎなのは体に悪いぞ」
恐らくさよりのプランでは、彼女になった初日記念で、自分を変えて見せようとしていたに違いない。
「変わらないんだからな? 変に意識したって、劇的にどうなるもんでも――」
「ひ、日取りは?」
「今日は月曜日だな」
「予約はすでにしてあるの?」
「何もしなくてもいつも録画予約はしてあるぞ。何の話だ?」
「あぁぁ……! うかうかしていたら、他の組に式場を横取りされてしまいかねないわ!」
予想していた通り、さよりの中では彼女になったその日から、俺たちは新婚であり、結婚に向けた生活が突入しているという妄想が現実化されているのだろう。
以前から日取りとか、式場予約はだとかをリピートしまくっていたが、どうやらかなり間違った方向に向かっているみたいだ。
「みなと~! 元気にしてたか?」
「昨日ぶりですよ、嵐花。おはようございます」
「ため口でいいって言ったよな? あ?」
「いやぁ、さすがに学校の中では姐御と舎弟ですから、そこは変えられないですよ」
「……で、そこの池谷はどうしたんだ、あれは」
「分かってて、彼女にしましたよね?」
「みなとのことしか頭にないってのは、マジだったわけか。それはあたしにとって、厄介な問題だな」
嵐花の言葉の意味には、何かが含まれていそうではあるものの、あまり考えすぎてもどうなるわけでもないと思うしかなく、今まで通り接することを決めるしか無かった。
「ルリには会ったのか?」
「いえ、ルリはそもそも学年が違いますよね? わざわざ会いに行くもんですか?」
「お前、乙女の機微な気持ちに気付けねえ野郎なのかよ? 年下の女子なら、なおさら不安がってるんじゃねえのかよ?」
「お、乙女って……嵐花の口から」
「ぁ?」
「いえいえいえ、何でもないっす!」
初めての彼女が鮫浜だったせいもあるのと、そもそも指示を受けての彼女関係なだけに、初めにどうすればいいのか、分かるわけが無かった。
「廊下にいつまでもたむろされても困るんだけど、おはよ、高洲君」
「あ、明海さん。おはようございます! 今日もご機嫌ですか?」
「そんなでもないけどね」
「……おい、みなと。目の前で浮気か? あ?」
「挨拶ですからね? クラスメイトと会話して浮気は無いですよ~」
そういえば嵐花と明海さんは、俺の両隣の席ではあっても、お互いが声をかけたことが無い気がする。
嵐花は一つ上の姐御で間違いないけど、明海さんは恐らくもっと上なだけに、話しかけることもしないものなのだろうか。
「栢森さん……ですよね?」
「そういうあんたは湊にちょっかいをかけて、ことごとく失敗している姉ちゃんだろ?」
「してません! 私を知らないんですか?」
「知ってあたしに何の得が?」
「むむむ……何で年下にこんな……」
「へぇ? やっぱりあんた、紛れて来たんだ?」
「ふぅん? お見通しだから、そういう物言いってことなんだ?」
何で朝から年上女子のバトルが勃発しようとしているのか。
さよりの奴はずっとトランス状態で戻って来ないし、彼女になっただけでどうしてこうなるのか。
誰かこの状況から救って欲しい……変わらない生活なんて、簡単ではないのだろうか。




