18.残念な美少女はライバルを量産希望のようです。
何とも不思議な日だった。まさかの創立記念日で休みの日に俺と鮫浜だけしかいなかったなんて。悪魔の所業でも何でもなくて俺は安心した。だけど家に着くと、さも当たり前のように鮫浜は玄関の鍵を開けた。
まさかと思うが、いくら隣近所過ぎるからと言って合鍵なんぞを渡しておりませんよね? 頼みますよ、母と父。
「湊は部屋で休んでていいよ。私、ご飯作るから」
「いやっ、後ろから作ってるところを眺めていたい」
「あ、エプロン希望? それもスケスケの」
「結構ですよ。僕は穢れのない少年なので。そういうの、まだ早いと思うんだ」
それはもちろん嘘である。それは心の奥底にしまっておくとして、鮫浜が料理をきちんと作れるのは理解出来た。まさに理想的な俺のヨメ。それなのに好きでもなければ嫌いでもない。そこが良く分からない。
「湊、お皿取って」
「あ、うん」
「ナイフとフォークも」
「ハ、ハイ……(ドキドキ)」
「危険なことにはならないって言った。どう見ても大きなお肉を焼いているんだけど、信用できないの?」
何の肉なのか不明だけど信用しよう、そうしよう。それはそうと、かなり手つきがいい。鮫浜は普段は一人で料理を作っているのだろうか? 味付けも完璧だし、見た目もいいのに何かの成分が含まれているという恐怖感は拭えない。
何かを期待せずにはいられない期待値と、何かが起きそうな恐怖心を高めながら彼女の作る姿を目に焼き付けていると、突然玄関のチャイムが鳴った。夕飯時に鳴らす空気読めなさすぎな奴は一人しかいない。
放置するのが一番だが、もしかしたら違うかもしれない。それもあってシカトは出来なかった。料理を作ってくれている鮫浜を邪魔してはいけない、そう思ってしぶしぶ玄関の扉を開けた。
「今開けますよ~?」
「――あっ! みな――」
「すみません、閉店です」
「えっ? 湊の家だと思っていたのですけれど、お店でしたの? ご、ごめんなさい」
深々と頭を下げてあっさりと引き下がったさよりなのだが、もしかして冗談も通じないくらい残念なのか? このままだと存在しないお店の電話番号を探して、困り果てておまわりさんに通報するかもしれない。
「おい、さより! 何か用なのか?」
「わわっ? ……んんっ、あ、あら、湊じゃない。あなたこそわたくしに何か用でもあるのかしら?」
「俺は無い。だから閉める」
「お、お待ちなさい。その、ご両親に見捨てられた可哀想な湊の為に、わたくしがご飯を作って来たわ。有難く頂くことね」
「いや、いらん」
「よく聞こえなかったわ。最後の機会を与えてあげるわ。わたくしが持ってきたご飯を受け取りなさい」
鮫浜の完成しそうな料理も恐怖を感じてしまうが、さよりのはもっと話にならない。そもそも料理なんて出来たのか? 偽だけどお嬢様と名乗っている以上、料理は存在しない料理長が作っているんじゃないのか?
しかもどういう風の吹き回しなんだろう。好きでもない男に手料理を作ってくるなどと。
「いや、俺はこれからまさに夕飯が出来上がるところなんだよ。だから要らないぞ?」
「あなた、料理はまるで出来ないって聞かされていたのだけれど。わたくしの聞き間違いかしら」
一度でも気を許すと絶対引き下がらないようだ。今度から気を付けよう。このままだと修羅場に突入することが確定じゃないか。
「そこにいるのは、さよちゃん?」
あぁぁ……闇の扉が開かれてしまった。出てきたってことは料理が完成したのか。それとも俺がいなくなったから様子を見に来たのか。どっちにしても逃げ出せないわけですね。
「あ、あれ? あゆがどうして湊の家の中から出てきたのかしら?」
「だってここは私の家だから……」
「それはちが――」
「そ、そうだったのね! ご、ごめんなさい。湊が出てきたからてっきり湊の家だとばかり」
「気を付けてね。それじゃ、バイバイ」
「そうね、ごきげんよう」
人の話を遮るなっての! そして何故簡単に信じるんだ……残念すぎる。
ともかくどんなことになろうとも鮫浜の料理は頂こう。次の日が永遠に来なくなるかもしれないし、怒らせたら良くない。
「湊、早く料理を召し上がって。ついでに私も召し上がっていい」
「料理だけ頂こう。鮫浜にはまだそんなアダルティな会話は似合わないぞ、うん」
「残念」
「うん、残念だ。俺のことが好きでもないのに、そんな言葉が出てくることが残念でならないぞ」
「「湊!! ここはやっぱりあなたの家だわ! 出てこい、こら!」」
うおっ? まだ諦めていなかったのかよ。というか、ようやく俺の家だと認めたのか。涙が出るほど可哀想な子だ。
せっかく目の前に豪勢過ぎる肉料理が出てきてるのを、口にもしないで立ち上がるのは気が引けるが、奴とは決着を付けねばならん。アホの美少女も俺の家に強制的にご招待をしてやろう。つまりこれは、望んだ修羅場ということになる。
これから走馬灯をどれくらい見ることになるんだろうか。すでに非モテの思い出は過ぎ去ったから、思い出のストック切れなんだが。
「――ってことで、鮫浜もご存じのさよりだ。鮫浜に話があるらしいぞ」
「さよちゃん、ウチに何の用?」
「あなた、湊の家に上がり込んで何をしているのかしら? まさかとは思うけれど、湊のことが好きなのかしら?」
「好きじゃない。好きじゃないけど、一緒にいるのが私の宿命」
言うと思ったけど、好きじゃない男といていいのかな? しかも何の宿命を帯びているのか聞いていいのかな? 取引か? 魂の取引なのかな。
「わたくしもこんなふしだらで乱れまくりの輩なんて好きではないわ!」
「ちょっと、さよりさん? 俺がいつ乱れた? ふしだらってお前それは言い過ぎ……」
「とにかく、こんな破廉恥な湊にあゆを近づけるわけには行かないわ! わたくしとあゆは今からライバルよ! 好きでもないくせに湊の近くにいるだなんて、それは許せないわ。この男が好きでなくても、彼女になる可能性は身近な所から潰して行かなければならないのだわ。だから、あゆもわたくしの敵に相応しいわ」
ハレンチにふしだらに、乱れまくりってそりゃあひでえな。俺の背中しか見ることが出来ないさよりなんぞに、何故そこまで言われねばならんのか。
それはともかくとして、さっきから無言の鮫浜が怖い。さよちゃん呼びをしている割には友達じゃなかった二人だが、一体どう思って接していたのだろうか。
俺と似たような考えで、やはり残念すぎる美少女……とは同性に言わないだろうから、反応のある空気か何かかと認識していたのかもしれない。
「……分かった。そういうことなら、さよちゃん。今から敵」
「ふふん、そうでなくてはおかしいわ。湊に彼女が出来ないようにしてあげているのですもの。それに近いことをしているあゆも例外ではないわ!」
どうやら残念すぎる美少女の池谷さよりは、俺を始めとして鮫浜にもわざわざ勝負をふっかけ、ライバルを着々と増やし続けていくようだ。ライバルの意味すら分かっていないのに、いいのかそれで。
「そういうことだから、わたくしがあゆの手料理を食べ尽くして、湊の好感度を下げまくって差し上げるわ」
「それは俺の為に作ったあゆちゃんの料理だぞ! なんでお前が――って、おい!」
「湊……湊の為に狩ってきた肉だったけど、今夜はきっとさよちゃんのお腹の中に入っていく運命だったのかもしれない。だから気にしないでいいよ……? それじゃあ、私は帰る。明日また教室で」
「へ? お、おぉ。じゃあな、鮫浜」
「あゆでいいのに」
「じゃあな、あゆ」
「……ん」
狩ってきた? 買ってきた? どっちだろう。鮫浜あゆは何者なのだろうな。それにしても体に似合わずに取り憑かれたように目の前の肉料理を大胆に食べまくっているが、コイツは明日、獣にでも変わるのか?
「お、おい、さより」
「うるせえ! 人が肉を食らってんのを邪魔すんじゃねえぞ、ごらぁ!」
「ハイ」
どうやら狂暴化に加えて、美少女から野生化するみたいだ。……ってことは、食べていたら俺も野生化したのか? それとも狂暴になって、あゆを襲って取り返しのつかない人生になったとか?
ハハハ……まさか。今夜はさよりが正常になるまで傍にいるしかないようだ。留守番をしているであろう姫ちゃんには、後で謝っとこう。
キャラクター紹介 池谷さより 序章
タイプは綺麗系。身長168㎝。黒すぎる長い髪を胸の辺りまで伸ばしている。誰もがすれ違いざまに振り返る本物の極上すぎる美少女。しかし、とても残念。湊によれば、せめて谷間さえあれば見直す可能性があるとのこと。その部分に加えて、世間一般の常識を知らず冗談も通じない。そういう意味では世間知らなすぎの偽お嬢様。
普段はお嬢様風で話しているものの、とあるキーワードを言われると暴力性が上がり、自ら敵を増やす模様。最近まで手を触れられただけで妊娠すると思っていたらしい。キスも知らないお子ちゃま。
妹に、姫ちゃんがいる。




