164.湊、池谷家に招待を(強制的に)受ける。
「鮫島、おす」
「な、なぁ、高洲。話を聞いていいか?」
「あん? 俺に何?」
昨日のことは仕方ないと思うしか無く、家に帰って寝て朝になり学校へ着くと、鮫島がコソコソと話しかけて来た。
「教室じゃなくて何で廊下で?」
「あぁ、その方が話しやすいし……」
「何だよ? 優雨の名字が実は緑木だったことに動揺でもしたのか?」
「え? そうなの? いや、そんなことよりも、高洲って結局誰と付き合おうとしてんの?」
「そんなことなのか……朝から何でお前にそれを答えねばならんの?」
「そうじゃねえと、あいつがグチグチ言って来るからキツいし、だるい。あの子じゃねえの? 同じクラスの綺麗な子とか」
「池谷のことなら友達だ。ついでにいうと、付き合いたいと思ってる子はまだ未定だ。以上」
優雨に印象すら覚えられてもいない鮫島には、同情の余地もない。
そんな奴がどういうわけか、他クラスのダチのキューピッドをしてやってるのが、どうにも気に食わない。
「……気持ち気付いてるくせに、可哀想だと思わねえの?」
「知らね。そんなの、会って数日しか経ってないお前に言われたくない」
「いや、怒らせるつもりは無かった。悪い」
「誰と付き合うだとか、いつ付き合うとか……友達に頼まれて、動いている奴に言われてもな」
「砂庭のことはマジですまん。まぁ、確かにそうなんだよな。俺もいつから近付こうかなんてまだ決めてないし、高洲に強く言える立場違ったわ」
何故に朝からこんなことで疲れなきゃいけないのか、勘弁して欲しいし教室に行って座りたい。
鮫島が何を隠している奴なのかが気にはなるが、今はどうでもいい。
「鮫島が好きなのは優雨じゃないのか? それとも実は池谷……?」
「違う違う! いや、椿は好みなのはマジな。池谷さより……アレは俺から見てもねーわ!」
「――あ? 何だ、無いって、どういう意味で言ってる?」
俺がさよりに対してからかったりするのはいいとしても、大して知らない奴が悪く言うのは腹が立つ。
「付き合ってたんなら謝るけど、付き合う気が無いのにその怒り方は、相手が勘違い起こす原因だと思うぞ」
「付き合いが長い奴だからな。残念なところはあっても、悪く言うような奴じゃない」
「……なるほど」
「で? 何が無いって?」
「友達にもなれないって意味だよ。誤解させて悪い……ごめん。そんなに怒らせるつもりはなくて」
教室に入る手前の廊下で、どう見ても怒りを露わにして鮫島に食って掛かろうとしていた。
周りが見えていなかっただけに、そこに誰がいたのかなんてことも気にしなかったのは失敗だ。
「まぁ、落ち着け! ドゥドゥドゥ……殴ると痛いぞ?」
「うるせー! ソイツがいない時に、悪いこと言う奴は気に入らねえ!」
「――ち、本当に痛い目、見たいのか? 高洲」
あまり鮫島のことを知らないというのもあったが、何となく嫌な気配を感じてしまった。
しかしすでに拳は、鮫島に向かって振り下ろされようとしている。
「――! 落ち着け! 拳の相手を交換してやるから、存分にやってくれ! じゃあな、高洲」
「あ? え?」
「えっ!? な、何かしら?」
「さ、さより……!?」
「み、湊っ……朝から、何をするというの!?」
殴りかかる相手がさよりになっているのは、非常にまずい。
あまりやりたくは無いが、目の前の壁に殴りかかるしかなさそうだ。
ドーーーン!
自分のクラスの壁を、廊下から思いきり殴ると同時に、廊下中に音と振動が鳴り響いてしまった。
「今さら壁ドンかよ……」「朝から美少女に壁ドン、ひくわー」「あいつ、やべえ……」などなど、ギャラリーを集めてしまったのはまずかった。
「こ、ここここ……」
「ん? 鶏が鳴く時間か?」
「こここ、これは何の真似なのかしら? せ、説明を求めるわ! 湊!」
「そ、それはだな……」
「それは?」
鮫島の素早さに対応出来なかった俺も悪かったが、何故さよりに取って変わられていたのか。
それもあって、やるつもりも無かった今さら壁ドンを遂行してしまった。
『おい! そこの舎弟! 何してやがる……あ?』
あぁぁ……よりにもよって、嵐花の登場というか登校とか、何でだろうか。
「さ、騒ぎになるのも嫌だわ。湊、あなたは今日、ウチに来ることね! これは命令なの!」
「えー? 何で……」
「こ、こんな間近に湊の顔があったら、何かが起きそうでよろしくないわ」
「起こさねえよ……でも、確かに何かやばくなりそうだ。し、仕方ない……池谷の家に行く。まぁ、用事もあったしな」
「やったぁ! ではなくて、当然ね……早く離れて!」
「あ、あぁ……あああああ!? えぇぇぇぇぇ?」
顔と壁が間近すぎた俺だったが、襟首を誰かに掴まれたと思ったのも束の間で、あっさりとさよりから離れられた。
「み、湊……ふ、ふん! 相変わらず、空気を汚す男なのね。いや、違うわね……空気を……読みまくる? あら?」
ズルズルと引っ張られながら、残念なさよりを眺めていると、すぐに解放されていたことに気付いた。
「みなと……みなとは、ああいうのが好きなのか?」
あれ? てっきり叩かれると思ったのに、意外な反応だ。
「も、もしかして見ておいででした?」
「見ていた。あたしにアレはやらないのか?」
「アレというと今さら壁ドン……い、いやぁ、アレをやったら返し技で投げられそうですからねー」
「お前はまだ、あたしにそういうイメージを抱いているのか?」
「舎弟なもので……」
「……っ」
嵐花は本物の令嬢だが、腕っぷしも強いのは確かだ。
下手に壁ドンなんぞやろうものなら、その前に背負い投げをやられる予感がありすぎる。
「みなと、週末……といっても明日からだが、暇だろ? 暇だよな?」
「明日は、まぁ予定は無いっすね。もしかして教育って奴ですか?」
「すでに受ける気満々じゃねえかよ! 何だ、みなとの気持ちはもう、決まってやがんのか!」
「へ? 気持ち?」
「よし、明日お前の家に迎えをやる! 明日から来週の火曜日まで学校を休ませてやるぞ!」
「む、迎えっていうと、アレですよね? 家の前は幅が足りないので、大通りで……っていうか、学校をサボらせてくれるって何すか!? 今回の教育は五日間ですか!?」
黒塗りすぎる本物の長い車に、またも乗ることになるのか。
さよりの家は今日だけだし、明日には解放されるから、まぁいいのか。
「まぁな。五日間、あたしと二人きりだ。嬉しいだろ?」
「はぁ、まぁ……」
「あ、あたしは嬉しいぞ。次のステージに進めるんだし……」
「ステージとか、ゲームみたいっすね? 俺も嬉しいですけど、学校にはサボりと?」
「栢森が面倒を見るって言っておく。それでいいな?」
「それならまぁ……」
先生の言っていた通り、栢森はサボリ公認らしい。
しかしダブっているんだよな……俺もサボりすぎると、ダブってしまうんじゃないよな。
「じゃあ、教室に入るぞ! ほら、みなとが先に入りな」
「はい~」
「ふふっ」
ん? あれ、反応が可愛くなってきたのは気のせい?
教室に入ると、予想していた騒ぎは起きなかった。
それもそのはずで、嵐花と同時に入って来たからであり、大方の予想はみっちり叱られたのだろうみたいな、空気になっていたからである。
ただ一人、廊下側のさよりだけがチラチラと見て来ていたのだけは、見逃さなかった。
池谷家に招待されたのは意外だったが、姫ちゃんのことをいさきさんに言いたいとも思っていたし、丁度よかったかもしれない。




