157.イケボ、他クラスに出張する。
昼は色んな意味でエライ目にあった。
姫ちゃんはさよりに比べると、大胆な妹ちゃんであることは承知していた。
それなのに俺が構ってあげなかったばかりに、大胆な行動がどんどんとエスカレートしていっているのは、非常にまずいと感じてしまう。
ただでさえあの場には明海さんがいたというのに、それすらも気にしない行動は、さすがに無視出来ないところまで来ている気さえする。
それはともかくとして、放課後になったので気になることを先生に聞いてみた。
「え? 休みですか?」
「彼女、元々忙しいからね。なになに? 高洲は、栢森に気があるの? 先生、応援するよ?」
「ま、まぁ……そうかもです」
「応援はするけど、栢森は知る人ぞ知る財閥だからね。そこの令嬢だから、覚悟を持って近づかないとね」
「でしょうね……」
あれだけの邸宅を見せられた上、いくつ部屋があるか分からないうちの一つの地下部屋で、風呂に入ってしまったわけで。
同じ年上でも明海さんとは違う感情を、嵐花に持ち始めているのは否めない。
財閥の令嬢と付き合うには覚悟が必要……鮫浜とは結局のところ、その覚悟が足りなかった。
俺から嵐花に会いに行くにしても、場所が分からないし、入れるとは到底思えない。
次に顔を見せた時は、教育とやらを受けたいと嘆願するのがいいのかも。
『湊くーーーーーーーーーーーーん! いるかなーー?』
な、何だ!?
そこそこ人がいなくなった教室に響き渡るやかましい女子の声は、俺や他の奴をびびらせた。
「な、何だというの!?」
ああ、さよりも残っていたか。一緒に帰るわけでもないのに、さよりは何故か教室に残っていることが多い。
それでいて話しかけて来ないし、チラチラと俺のことを睨んでいるだけだ。
何がしたいのか分からないが、外に出ようとすると、これ見よがしに『ご機嫌よう』などと言い放って、車で帰っていく。
恐らく俺に対して、さっさと負けを認めて車に乗りなさいよ! などと、ムダアピールをしているに違いない。
「ねえ、そこの綺麗さん。湊くんは~?」
「み、湊に何の用かしら?」
「うん、呼びに来たの! ボクのクラスに来てもらいたいからね」
「ふ、ふぅん……? あなた、どこの子? 湊の舎弟なの?」
「ボクは女子だからね? 湊くんの彼女! の予定なんだ~」
「か、かかかか……!」
やれやれ、また同じ繰り返しをしているようだ。
やかましいボクっ娘と、言葉の一文だけで大いなる誤解をするさよりとでは、気が合うはずもない。
「何の用だよ、優雨!」
「あ、湊くん、やほー!」
「……はいはい」
「つれないなぁ……ま、いいや。それよりもさ、ボクのクラスに来てよ!」
「っておい! 腕を絡めて来るなよ!」
さよりが目の前にいるのに、ボクっ娘は俺の腕に自分の腕を絡めて、ぐいぐいと引っ張っている。
「み、湊! ど、どこへ行こうというの?」
「あん? よく分からん」
「わ、わたしも――い、行かせてもらうわ!」
「それはいいが、そこにはさよりの知り合いでもいるのか?」
「いるわけないわ! わたくしが話をすることが出来るのは、湊だけなのよ? 有難く思うことね!」
「自分をディスってる自覚はあるのか……?」
「え、ディ……ディステニー?」
「いや、何でもないぞ」
さよりはとてつもなく美少女だが、聞いたことの無い言葉と横文字に弱いせいか、放っておいたらまずいことになりそうな所がある。
姫ちゃんは、さよりにばかり構わないで欲しいと言っていたが、そう考えたらそうなのかもしれない。
「綺麗な子も来るの? それならクラスの野郎連中が喜びそう! もしかしたら秋晴も喜ぶかも?」
「それはお前の兄って奴か?」
「そだよー! あ! 蒼ちゃんも同じクラスっていうのは知ってるよね?」
「あー……それはまずいな」
「うん? 何がまずいの?」
出来ればみちるとさよりがかち合うことは避けたいし、優雨の兄がどういう奴かはともかくとしても、さよりには刺激が強すぎるクラスかもしれない。
「……さより」
「な、何かしら?」
「ほれ、手だ」
「は? 手? 湊の手がどうだと――あ! そ、そうね、そうするわ!」
「ん? いや、握手してやるから、今回は付いて来るなと……何してんだ、お前?」
「んんん? へ、変ね……汗臭いだけで、味なんて……」
まさかコイツ……獣に戻りつつあるのか? というのは置いといても、何故か俺の手の臭いを嗅ぎながら、口を近づけて、唇を俺の手にすりすりと擦りつけていた。
「わー!? 湊くんって、そうなの?」
「あ? 何がだ?」
「いつも思ってたけど、湊くんって……女の子に――」
「あーうるせー! さっさと連れて行け! さより、そういうのはやめとけ! お前は姫ちゃんとは違うと信じてるんだからな!」
「あ、あなた、まさか……気付いていたの?」
「よく分からんが、じゃあまたな! さより」
「うぅっ……湊のバカ……」
姫ちゃんは明海さんに見られたとはいえ、それ以外の人間がいない場所でやったからまだマシだった。
それなのに、さよりは他に誰が見ているとかに関係なく、ああいうことを無垢な状態でやるからタチが悪い。
「……で? お前のクラスに誰がいるって?」
「だから、兄キと蒼ちゃんと……砂庭くんくらいかな」
会いたくないのが勢揃いとは、優雨に悪気が無くても、最悪すぎる空気になりそうだ。
この際、優雨の兄とはもしかしたら気が合うのかもしれないと割り切るとしても、砂庭とかいう喧嘩売りな野郎は、正直言って会いたくも無ければ話したくもない。
今まで出会って来たムカつく野郎は、浮間を筆頭にしてそこそこいた。
しかし今回の奴は、朝から喧嘩を売りに来た奴なだけに、嫌な気分になりそうだ。
「ほい、到着~!」
「そうか、ここか。じゃあ、俺は自分の教室に戻って、そのまま帰るからな」
「何で~!? 入りづらいの? 転校してきた湊くんなら、そこは深く考えなくてもよくない?」
「なくなくなくなくなくない……どっちだ?」
「分かんないよー! ささ、入って!」
くそう……何故に見知らぬクラスに突撃をしなくてはいけないのか。
『しゅう~! 優雨の彼氏候補くんでイケボの彼を連れて来たぞー!』
『おい、やめろ……』
発言しただけで、教室にかなり残っていた奴等が、ざわざわしている。
これだから嫌なんだ……自分の声でいい目にあったことなんて、記憶の中ではほとんどない。
「キミはモブ浜くんじゃないか! おお! モブ浜くん、来てくれたね!」
げげっ!? 偽名を教えた彼がここのクラス……だと!? マジか……




