13.闇と病みと走馬灯?
「――というわけだ。理解できたか? さよりん」
「わ、分かったわ。それではあなたは姫の彼氏でもなければ、わたくしの弟にもならないのね?」
「ならねーよ! アホか!」
「玄関で大声出さないでよ! あなたのいやらしい声が響き渡るじゃない!」
とうとう俺の声でいやらしさを感じるようになったのかね?
そういやこいつに限って言えば、イケボの俺ではなく背中の俺に夢中だったんだよな。鮫浜も制服フェチだし。何なの俺の隣近所。おかしいのしかいないの?
どっちも黙ってれば美少女だし、惚れてもおかしくないのにどうしてなんだ。
「高洲をいじめるな」
「えっ? い、いじめてなんかいないのよ? そうではなくて、この男の声があまりに卑猥なものだから、注意をしただけであって、いじめてなんかいないの。姫もここまで送り狼……ではなくて、送ってくれた湊にお礼をしてあげなさい」
「分かった」
とうとう卑猥な声にされちゃったよ。送り狼とか、絶対意味なんか分かってないで言ってるよな。まさかコイツ、家の中でもこんななのかよ。それとも俺だけには何かの意地でも張っているのか?
お嬢様言葉はどうやら素のようだから、それに関してはもうどうでもいい。だがあの暴力性の言葉は一体どこで学んでいるというのか。
最近は俺もタブーなワードを口にしていないからそれを出すことも減っては来たようだが、妹に影響を及ぼしているということは、何かのバイブルがあるとしか思えない。言っちゃなんだが、人のよさそうな親父さんが元悪者だったとかは考えにくい。
姫ちゃんを送り届けたことだし俺の家に……と言っても隣だけど、帰るとするか。
「高洲」
「ん? どうした?」
「屈め」
「ほ? こ、こうかな?」
「――チュッ……」
そうか、そう来たか。ふっ、俺は中学生の女の子にキスをされたぐらいでは大声も上げないし、驚きもしない強靭な精神力を有している。予想していた分、リアクションは取らなかった。
しかしここはさよりの家の玄関先であり、ソイツはここにいるのだ。つまり、叫ぶのは必然的にさよりということになる。
「きゃああああああ! だ、だめっ! 姫っ! そんな汚染体の顔に口を付けてはこの先、生きていけないわ! は、早く口を洗浄してきて! は、早くっ」
「無用。汚くないし、お礼をしろと言ったのはさよりの方。嘘は良くない」
「お、お礼とは言ったけれど、そんな、キスしろだなんて一言も……わたしだってまだなのに」
「それじゃあ、高洲。また」
「お、おぉ。またな、姫ちゃん」
「ん、また会える」
「あっ、ちょっと――」
何かを言いかけたさよりに関係なく、玄関の扉は閉められた。
さよりの中で俺はどんどんと穢れの生物になって来ているようだ。さよりの方が姫ちゃんよりもお子ちゃまな上に、キスですらあんな言い方をするのだ。恐らく見た目以上にピュアな奴なんだろう。
心の中は嘘で塗り固められたどす黒い何かがうごめいているだけに非常に惜しい。アレで中身が見た目通りなら好きになったかもしれない。
でもやはりオムネさんが成長してくれないと、俺の心は揺るがないけど。
「ふー、ただいま」
「あ、おかえり。湊、お友達が来ているわよ?」
「何だって?」
「うん。綺麗な顔の女の子。いえ、違うわね。とても礼儀正しいし、あどけない笑顔が癒されてしまうわね。でもあなたの部屋にちょこんと座っていたのはさすがに驚いたけど。上がって待ってもらう約束でもしたの?」
「そ……そうかも。は、はは……俺の部屋にソイツ、いるんだろ?」
「待ってるって言ってたからいるわよ」
「――分かった。お母さん、今まで育ててくれてありがとう。俺、無事に生きて帰れたら朝食をしっかりと噛み締めて飲み込んで、残さず食べることを約束するよ」
「大げさね。まぁ、そう言われたらいつもは適当な朝食も気合入れて作ってあげるわね」
「ありがとう。俺、行ってくる!」
そうか、闇が俺の部屋に来ていたのか。さよりに構いすぎていることを良しと思わない鮫浜のことだから嫌な予感はしたが、まさか部屋に侵入していたとは、これはもう死を覚悟するしかないな。
「お帰り、湊」
「いや、お前。ここは俺の家の部屋なんだけど、ご存じ?」
「当たり前。足を上げたらすんなり入れるくらいの隣部屋」
「隣部屋じゃなくて、隣の家な? どうして当たり前のようにベッドの上に座って、俺を待ってるか聞いていいかな?」
「一緒に寝るため」
「いやいや、落ち着け。そういう関係じゃないし、不法侵入だし、他人だからね? それの何が悪いの的な表情はずるいぞ」
「ううん、湊の妹だよ。それにわたし、言った。ずっと待ってるって。待っても帰って来ないから来たの」
闇っていうか、病みの方が強かったわけですね、そうですか。どうりで俺のモノは俺のモノだったわけだ。鮫浜あゆ、この子やばい。癒しの笑顔の裏があまりにも病みすぎるし、病み王じゃないか。
「わたしの時間は全て湊に捧げるの。嬉しいよね? だから学園で一緒にいられなくても、家の中ではずっと傍にいる。学園ではお昼くらいしかキミの傍にいられない。だからいる。それと、さよちゃんの妹にキスをされたところを見せて欲しい」
「何でそんなことまで知ってるんだ?」
「キミのことは何でも知っているよ。いつも見ているから」
こ、こ、これは、どこの悪魔だ? このままではバッドエンドになるぞ。そうか、さよりの方が小悪魔で、あゆの方が本物の悪魔だったのか。天使と悪魔を二匹、飼っていたわけですね、分かります。
しかしこういう子には下手に逆らってもよろしくないし、かといって素直に従うのはマジでやばい。こうなればベッドの上に座っていることだし既成事実を……。
それはいかーん! 生きた心地がしなくなるどころか、永遠の眠りにつきそうで怖い。とりあえず、姫ちゃんには悪いがキスをされた頬をあゆちゃんに差し出すしかなさそうだ。
「隣に寝そべって」
「いや、それは……」
「膝の上に頭を乗せて、頬を見せて」
「膝枕か。そ、それならいいかな」
好きでもなければ付き合ってもいない女子が俺を膝枕している。これは悪夢か? キスをされた頬を何度もなぞっているが、何かの毒薬でも塗るつもりなのだろうか。
しかし真上に見えるこの子の笑顔は、黙ってれば癒しの女神に見えなくもなく、このまま永遠の眠りにつきそうな気がしないでもない。優し気な瞳の奥には悪魔が宿っているのが実に惜しいことだが。
「じゃあ、これを飲んでね?」
「ん? いや、膝枕状態でそれは何かな? 頭を固定しないで欲しいんだが、駄目?」
「飲んで」
「くっ、んんぐっ……」
あぁ、お母さん、お父さん。高1で先立つ俺をお許しください。
非モテのままで逝ってしまうので、俺の部屋の中に隠されている秘蔵ディスクを見つけても、どうかバキバキに割らずに保管をお願いします。
何かを飲まされた俺はまるで走馬灯のように、今まで生きてきた非モテの思い出が一瞬にして過ぎ去っていく。非モテの思い出って何だか悲しくなるな。思わず目から汗が流れてきたぞ。
「泣いて……いるの? 湊君」
「……」
「心配しなくても湊君が飲んだのは、サプリのカプセルだから。死なないし、むしろ明日から元気になるよ。ごめんね、不法侵入するつもりなんてなかったのに。湊君はわたしがずっと見ていたいだけ。さよちゃんや姫ちゃんにキミの時間を減らされたくないの。でも、もう不法侵入しないから安心してね。それと、教室でキミから話しかけていいよ? わたし、湊君と話すの好きだから。でも、勘違いはしないでね。恋として好きになるつもりはないから」
「……嫌い?」
「嫌いじゃない。好きでもない。見てるだけでいい……みているだけで――」
怖い、怖いぞ。意識を失いかけたが、珍しく話し出す鮫浜の声を聞いていたら、元気になって来た。サプリってどれ系なんだろうな。何だか体がみなぎって来たよ? 何をさせようとしたのかね。
「湊君の涙が頬を伝った。これなら不浄な痕が消える。よかった」
「いや、不浄って」
「気を付けて欲しい。中学生だろうと、池谷の血を継いでいる。キスをさせては駄目」
「気を付けるけど、俺からするのはいいんだろ? それが誰でも」
「それは仕方ない。でもさよちゃんにして欲しくない」
「無いから安心してくれ」
何かの因縁でもあるのか? 鮫浜は天使だとばかり思ってたが、悪魔さんだった。それにしても死ななくてよかった。
病みの鮫浜、恐ろしい子。悪い子ではないのだから、俺が気を付ければいいだけのことだろう。




