10.本物のイケメンがこちらをじっと見ている。
「はぁ……」
「どうした? 高洲。一気に老け込んだ面して」
「バイトに来るまでに俺は地獄を味わっていたんだよ。そりゃあため息もつく」
「よく分からんが今日は激しく暇だぞ。美少女も来てくれないくらい暇だ。まぁ、平日に来る時間もないほど彼女たちの華やかな世界ってのは次元が違うんだろうけどな」
はっはっは。思いっきり暇してると思うぞ。たとえ来たとしてもドリンクバーオンリーなのだから、何の意味も儲けもない。あるのは美少女に夢を見ているコイツと、周りの男性客だけだ。次元が違うっていえば、鮫浜だけは色んな意味で異次元に生きている気がする。
関わらないで見ているだけの関係、それこそ客と店員だけの関係だったらきっと俺の人生は幸せだったに違いない。何でよりにもよって同じ学園で両隣ですか? 某国の陰謀……なのか?
「高洲、客が入ってきた。が、男だから適当でいいぞ。それもイケメンだしムカつくし、綺麗なマダム付きだ」
「おいおい、イケメンに罪は無いぞ。だからお前はホールになれないんだよ。見た目だけで態度を変えるなんてあり得ねえ」
「ちっ、いい人ぶりやがって。高洲に言われると無性に腹が立つ。とにかく鳴ったら行ってこいよ」
「それが仕事だからな。お前も毒なんか入れんなよ?」
「……なわけがないだろうが!」
バイトの同僚にして大のイケメン嫌い。美少女と女性だけは常に目を光らせているらしいが、こんな奴は一生ホールには出られないだろう。そして俺も名前を覚えることがないと断言出来る。
それにしても確かにとんでもないイケメンが来たものだ。それにお綺麗すぎるマダムまで。ああいうのが本物って言うんだろうな。
「高洲、行け」
「へいへい、行きますよ」
呼ばれたら行く。呼ばれなくても、行けと言われれば行く。それがホールの役目! 俺、カッコイイ。
「ご注文をどうぞ」
むぅ……それにしても顔が綺麗すぎるイケメン。マダムもお綺麗である。恐らくどう見ても親子。肌も赤子のようにモチプリではないか。触れてみたくなる。だが……俺にソッチの気は無い。あるはずもない。
「クスッ……黒すぎるコーヒーを二つ。それとスマイル」
「はっ? い、いえ、コーヒー二つですね。かしこまりました。そ、それでは、ニコッ」
「ありがとう」
な、何だ? この胸の鼓動は。そっち系じゃないと言ったばかりだぞ? なのになぜ俺はあのイケメンにドキドキしているのであろうか。まるで初めて会った気がしないが、俺の運命の人とでも言うのか?
いや、落ち着け。どこからどう見ても男だからね? 整いすぎている綺麗な顔のイケメンなだけで、俺には何の意味もないものなんだからね。
「高洲、黒光りのコーヒーお待ち。ドリンクバーじゃなくてメニューのを注文するとか、本物だな」
「黒光り……なんて紛らわしい言い方をする奴だ。それはともかく、確かにアレは本物だ。俺がこんなにもドキドキするなんてな」
「いや……キモいぞお前。何言ってんの? ってか、そんなことを口に出すと妄想が現実になるんだぞ? ほら、見てみろよ。本物のイケメンがさっきから、お前をじっと見つめてんぞ? アレは本物だな。良かったな! 相思相愛で」
「ち、ちがーう! 俺はノーマルだ! そして美少女に限らず、本物の、可愛くてナイスバディな彼女希望だ!」
「まぁともかく、さっさとコーヒー持っていけ。手招きしてんぞ? 高洲をご指名だ」
「くっ……」
ほんの冗談だったのに。それにドキドキくらいするだろ。別にソッチの気が無くても、心臓は常に動悸をするものだ。生きているわけだし。イケメンに惚れられても全然嬉しくない。今日は厄日過ぎるなマジで。
「コ、コココ……コーヒー二つお待ちどうさまでございました。ご、ごゆっくりどうぞ」
「あはっ、緊張しすぎだよ、湊」
「ふぉっ? 何故俺の名を? まさかホントに某国からの?」
「相変わらず面白いなぁ。おふくろ、この人が俺のダチの湊。高洲湊だよ」
お、おふくろってお前、どれだけ漢なの? いや、それ以前に浅海かよ! 外ではさすがに男に戻るのか。それは残念なような当たり前のような。学園に来るときは男の娘なのに、何故なの?
「お、お前、その、それ……何故?」
「ん? あぁ、だっておふくろが一緒だし。俺が好きであの姿になっているとでも思っていたの? 嫌いでもないけど、あの姿は女子たちの為でもあるし、湊の為でもあるんだ」
「お、俺の為?」
「そう。湊って誰にでも優しいけど、美少女にだけは敵対心が高いだろ? どうしてかは聞かないけど、だから俺が美少女の姿になって、そういう気持ちを無くさせようって思ってたんだよ。少しは直った?」
「いやいや、別に俺は……そんなことは。ただ、自称が多すぎるしワケありなのが多すぎるから、美少女にいい思い出なんて無いだけだ。だからと言って、どうして浅海がそんなことをするのか分からないな」
「湊の為だよ」
ズキューン! いや、表現が昭和ですよ? 思わず胸に何かが当たったような衝撃を受けたよ? くっ、これが本物のイケメンか。恐るべし。あぁ、だから俺のことをじっと見つめていたのか。そりゃそうだよな。真相が分かって安心したぞ。ソッチ系でないことも俺自身に確認できた。
「じゃあね、湊。また学校で!」
「お、おぉ。ありがとうございましたー」
「ふふっ、制服似合ってるよ」
ちょっ! 男の顔でその笑顔と笑い声は反則過ぎんぞ。マジで惚れる。八十島浅海。
後でまた思い出した時には彼のことを語るとしよう。こんな邪な気持ちで語っては、何かのフラグが立ちそうで怖い。
「おめでとう! 高洲君。これでキミも何かに目覚めたね!」
「ちげー!」
これだから駅前のファミレスは嫌なんだ。嫌だけど家から近いバイト先で、なおかつ時給もそこそこな所って言えばここしかなかった。そうすると一緒に働く同僚の男とかはその辺の奴が来るから、あまりいい奴では無いことの方が多い。
対して、女性の場合は綺麗系しか来なかったりする。だがすぐ辞めていく。そんなもんだ。同僚の男が同じ学園の奴じゃないことは不幸中の幸いだが、あらぬ誤解をされると、たとえバイトであろうとも仕事がしづらくなる。だからこそ俺は言い訳せずにハッキリと物事を言うようになった。
「高洲君はアブノーマルなの?」
「ノーマルです」
「じゃあ、女性が好きってことで合ってる?」
「正解です。付き合いますか? まなさん」
「今はいいや。高洲君ってモテそうだし、いい人だもん。でも、体育祭とか文化祭の時にはわたしを助けてね? 後輩くん。じゃあ、おつかれー」
「お、お疲れ様です」
彼女は同じ学園の一つ上の先輩で、入江まなさん。やはり綺麗系だ。声が通っているからホールとかでも、手本にしている。そしてどういうわけか、俺のことを過大評価している。モテてもいなければ、いい人とは限らないわけなのだが。
学園の中で会うことはほぼ無いだけに、ウワサとデマのいい所だけを断片的に拾って、それを信じているという先輩なのだ。まなさんには素直に誘い文句が言えるのにな。それなのにいつもはぐらかされてしまう。
先輩は自称ではなく本当に綺麗な人だ。だからこそ相手にもされていないかもしれない。そう思うと途端に切ない気持ちになってしまうが、俺という奴はそんな程度だ。
「高洲、俺明日休む。代わりにバイト入るらしいから、ソイツに色々教えといて」
「そうなの? ソイツは男? 女?」
「分からんが、厨房は野郎だらけだし店長の趣味によるんじゃねえの? 仮に男だとしても手を出すなよ?」
「しつこいと蹴るぞ?」
「悪ぃ! 冗談だ。ってことで俺もお前も上がり。おつー」
「お疲れ」
ようやく一日が終わるのか。なんて日だ! いや、浅海は悪くない。悪いというか黒いのは鮫浜だけだ。心の壁を破壊していかないとマジで学園生活も怖い思いしかしないんじゃないだろうか。そんなのは断る!




