そっと爪先立って
貴方が、隣で寝息を立てている。
良かった。
言い争うことなく、
やさしく抱いてもらって、
にっこり笑って、キスをして、
「おやすみ。」
と言って、瞳をとじた。
そうして、私は、
そっと爪先立って、部屋を出た。
まだ、夜の気配を残すこの街とも、
もう、お別れだ。
だから、遠回りしてから駅に向かう。
大好きだったパンケーキのお店にも、
お気に入りの靴屋さんにも、
シャッターの下りたお店の前で、
「ありがとう」を言ってきた。
始発の電車を待っていたら、
ビルの谷間から、朝日が昇ってきて
眩しく、私の顔を照らした。
今まで、我慢してたのに、ダメじゃない。
「眩しいからよ」
って、自分に言い訳をして、
指先で涙をぬぐって、唇をかんだ。
オレンジ色に輝く太陽が、
今日の始まりを告げ、
そして、昨日への別れを告げられた。
「知ってるよ。」
「わかってる」
「そんなに、笑わないでよ」
私が、自分で決めたことだって、言いたいんでしょ。
もう一度、指先で涙をぬぐって、手をかざす。
始発の電車が、少し軋みながら、
ホームに滑り込んできた。
ドアが開いて、
入ろうとする、その足が震えている。
「あー!」
「終わるんだよね。」
涙がボロボロと落ちて、
思わず、口元を押さえた。
気が付いたら、私をホームに残して、
電車が行ってしまった。
バカな私は、戻ることもできずに、
立ち尽くした。
愛の物語が幕を閉じたときは、
そっと爪先立って抜け出すこと。
相手の男の重荷になるべきではない。
好きだった、
ココ・シャネルの言葉を、思い出して笑った。
「そっと爪先立って。」
「だってさ。」
「そうね。でも、」
「貴方の重荷になりたくなかったからじゃないわ。」
女性には、皆やさしい貴方が、なかなか、
私に、別れを切り出せないでいることを知ってしまったから。
でも、それって、残酷でしょ。
そして、悲しすぎる。
悔しいじゃない。
「なら、私は、一人で生きる道を見つけるわ。」
だから、何も言わず、貴方の部屋を出た。
そうして、駅へとやって来た。
あの眩しい朝日で
ちょっと、ホームシックみたいになっただけ。
次の電車がやって来た。
シャンと背筋を伸ばし、ドアの開くのを待った。
乗り込んだ電車の窓からは、
気づくと、
朝日に輝く海が見えてきた。
「ありがとう。」
「私、少し、成長できたかな。」
「さようなら、昨日までの私。」
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涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第15回 そっと爪先立って と検索してください。
声優 岡部涼音が朗読しています。
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