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4 青月島

 さて、そうこうしていると、料理屋に二人の男が入ってきた。年の頃、三十代後半と前半くらいの男だろうか。

 一人は眉の太いあっさりとした醤油顔の男で、神経質そうな顔つきである。もう一人は理知的な四角い顔つきで、額が広い黒縁眼鏡の真面目そうな男である。

「失礼ですが、尾上さんですかな」

 と醤油顔の男は誰ともなしに尋ねる。英信が頷いて近づいてくる。

「東三さんと双葉さんですか」

「ええ、大沼東三とこちらが支倉双葉さんです」

 醤油顔の男はそう言って、黒縁眼鏡の男を紹介する。

「そうですか、そうですか。お待ちしておりました。私が英信です」

 英信は、強張った顔のまま二人に笑いかけると、こちらに振り返った。振り向いた英信のその顔は、眉をひそめて不機嫌極まりない上に、唇の端は吊り上がって、歯を出して、ピクピクと震えている。

 根来は(ひどい顔だな)と思った。祐介は(そんなことを思ったらいけませんよ)と目で伝える。根来は(別に良いじゃねえか)と視線を送り返す。

 しかし、英信はもう五十代中頃の男である。それに比べて、この二人は三十代ぐらいに見える。三人の父親の和潤はずいぶん長い間、愛人を侍らせていたのだろう。


「それで、いつ出発するのですかな」

 東三は鋭く英信を睨んだ。

「すぐに参りましょう。浜松さん。お願いしますよ」

「なあに。もう少しゆっくりしていても良いじゃありませんか。いやぁ、お茶が美味しいねぇ」

 漁師は、煎茶を一口すすると、ホッとため息をついた。

「そうはいかないんだよ。金払ってんのはこっちなんだから早く頼むよ」

「そんなに言うなら、わかりましたよ。ご馳走さん」

 漁師は満足そうに立ち上がった。

 英信は、せかせかと根来と祐介の元に走ってきて、

「それじゃあ、頼みますよ。これから島にゆきますから」

「これから何が起きるのか、楽しみですね」

 祐介がさらりとそんなことを言うと、英信は憤慨したように口を開いた。

「そんな悠長なこと言ってちゃ困りますよ。やつらが何を考えているのか知らんが、とにかく、埋蔵金は私たちがもらうんだ。良いですかね?」

 祐介は苦笑して「わかりましたよ」と答えた。

 先陣を切って、料理屋から出て行く尾上家の人々の背中を眺めながら、祐介は根来に、

「なかなか楽しい人々じゃありませんか」

 と言った。

「好かねぇな。金持ちのくせにまだ金が欲しいのかねぇ」

「これから何が起こると思いますか?」

「さあな。しかし、ろくなことになりそうもねえが……」

 と根来はそれだけ言うと不機嫌そうに黙ったのであった。


 漁師浜松の漁船へ向かう、尾上家の人々。根来と祐介は後からその船に乗り込んでいった。

 間もなく、漁船が出発し、青い海の真っ只中を進んでゆく。根来は少し船に酔ったが、吐くところまではいかなかった。

「大丈夫ですか?」

 と隣りにいる女性が軽く笑う。眼差しの優しい、あどけない顔つきの美女である。年の頃、二十代前半というところだろうか。

「ああ、あなたは……」

 根来が青ざめた顔を見上げる。

「葉月未鈴です。その、幸児くんの……」

 そして、少し恥ずかしげにはにかむ。幸児の恋人の葉月未鈴だということは分かった。しかし、これから起こるのではないかと想定されていることを考えると、こんなところで幸せオーラ出されても、という気がする。

「ああ、幸児さんのね。しかし、今日はどうしてここに」

「だって、埋蔵金ですよ。私が頑張れば、幸児くんのものになるかもしれないじゃないですか」

 宝探しか何かと勘違いしているのだろうか。まあ、間違いではないのだけれど……。

「これは修羅場かもしれませんよ。そんな楽しいものとも思えんが……」

「大丈夫ですよ。それに私は幸児くんの将来の妻です。ちゃんと支えてみせますから!」

「はあ……」

 根来は困惑したように、祐介の方を見る。祐介はなんとなく苦笑いを浮かべていた。


 天には、真っ赤な太陽が独りでに燃えていた。雲が踊るかのように空に吹き上がっていた。見れば、水平線はうっすらと白く輝いている。海風は体を冷たくしてゆくばかり。そんな中を、漁船がひたすらに進んでゆくのであった。この海の先に一体何が待っているか、それはこの時、誰にも知れなかった。犯人にすらも知れなかったのである。誰にも知れない未来がただ一人そこに待ち構えているのである。

 しばらくすると、海の彼方に菱形の影が見えてきた。それは島の影に違いない。島の真ん中には山のようなものがあるらしかった。

「あれが、そうか……?」

 根来は、青い顔を震わせながら祐介に尋ねた。

「そうなんじゃないですか?」

 と適当に返す。

「あれがそうですか?」

 根来は青い顔を未鈴に向ける。もちろん、未鈴も分からないが、何か直感的に確信をしたらしく、

「そうです! あれが青月島です!」

 と叫んで、ピッと人差し指でその島を指したのであった。

 その島は近づけば近づくほど、変わった島だった。周囲に奇妙な岩が飛び出していた。祐介はそれを見て、三重県の二見浦にある夫婦岩を思い出した。それほどまでに変わった形の岩が至るところに転がっているのである。

 見れば、船に乗っている人間全員がその島の光景に釘付けになっていた。それもそうだろう。この島に近づけば一族の抗争が起こると言って、血縁者にとっては禁止地帯だったのだから。今、そのタブーを破って、生まれてはじめて、その島に上陸しようとしているのである……。

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