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27 尾上家の故郷

 時刻は少し遡って、午後三時頃、甲府駅に到着したすみれは、そこから電車に乗って一時間ほど、ようやく尾上家の邸宅のある村の最寄り駅にたどり着いた。そこは山に囲まれた、ひどく長閑な所である。烏帽子のような山が連なっていた。そこから、すみれはタクシーに乗って、警察署にたどり着いた。

 見れば、警察署の前に、のんびりした風貌の中年の男が立っていた。そして、しきりに手を振っている。

 タクシーを停めて、すみれがその男に微笑むと、あきらかにその男は困惑したような顔を浮かべた。

「あ、あれ、人違いですかね……」

「……?」

「根来……さんの娘さん…です…か?」

「はい」

 男は、いかにも「へーっ」といった顔を浮かべた。あの根来さんからなんでこんな美人さんが生まれてきたんだろぉ、相当、美人な奥さんをもらったのかな、などと考えているのが、よく分かる猿顔の刑事だった。


「あの、土井さん、ですか?」

「あー、すみません。申し遅れました。私、土井正です。万年巡査部長なんですよ。さあ、詳しいことは中で、ささっ、いやぁ、それにしても、あれですね。美人さんですね。よっ美女!」

 すみれは軽く腹が立ったが、にこやかに済ましておいた。

 もっとマシな部屋があるだろうと思ったが、何故か取調室に連れて来られて、土井刑事は、熱く語り始めた。

「尾上さんは、このあたりでは昔から有名な家柄でしてね。その当主、和潤さんが亡くなったと聞いて、私は一目散に駆け付けたんですよ。あれは何年前の話だったかな。七年前ぐらいですかね」

「七年前……」

「事故死……ということになったんですよね。ただちょっと不審な点があったのです。和潤さんは骨董のマニアでね。特に陶磁器の収集家だった。すみれさんは陶磁器、好きですか?」

「ウェッジウッドとかなら……」

 何の気もなく、格好つけたことを言ってしまった。渋いことが売りの根来家に、そのような陶磁器がある訳がない。

「そういう海外のものではないんですよ。伊万里焼はご存知ですか」

「伊万里焼……あの、色んな色がついたお皿ですよね」

「うん。そうですね。有田焼とも言うのですが、和潤さんは、そういうものを収集して、棚にぎっしりと並べていたんですよね」


「その有田焼を専門に集めていらっしゃったんですか」

「いやぁ、やっぱり萩焼とか、信楽焼とか、色んなものがあったのですが……ん? すみれさん、もしかして、焼き物にご興味がおありですか。私、けっこう詳しくてね……」

「……事件に関することだけで充分です」

 そう言われても、土井はちょっと残念そうに少し黙っていたが、しばらくして小声で「ファイト」と呟くと、説明を再開した。

「和潤さんは脚立を使って、高いところにある焼き物を取ろうとして、落ちたらしいのです。そして、頭を強く打って死んでしまったというのです」

「それで、どうしてそれを殺人だと思ったのですか?」

「指紋ですよ」

「指紋が出たのですか?」

「いえ、指紋が出なかったんですよ」

 土井は何事か考えていたが、しばらくして、

「脚立から指紋が出なかったんです。しかし、脚立をそこに移動させたということは、和潤さんの指紋が出んとおかしいのですね。ところが、それが出なかった。だから私は「これは殺しだなぁ」と思ったんですよ。そしたら、私の上司の谷口さんっていう人がね「そりゃあ、脚立を運んでから布かなんかで拭いたんだろう」と、でも、そんなことをする人がいますか。床にはすでに青磁の茶碗が置いてあったし、間違いなく、作業の途中だったのですよ。作業の合間に、脚立を拭く人なんて、聞いたことありませんよ」


 すみれは、これだけで和潤の死を殺人と断定するのも飛躍しすぎな気がしたが、しかし、一理あるとも思えた。

「その時、尾上さんのお家には誰がいたんですか」

「奥さんの巴さんと、息子さんの英信さん、そしてその奥さんの時子さん。それに元也さんがいたと思います」

 すると、この中に和潤を殺害した犯人がいるのだろうか。すみれにはよく分からなかった。

「ところで、ここだけの話ですが、この英信さんって言うのは、どうも村の噂では、和潤さんの子供ではなくて、巴さんと隣村のある若い色男との間に出来た子供らしいですよ。そもそも、和潤さんと巴さんというのは、非常に形式的な結婚だったというのですから」

「へー」

 すみれはそんなこと、どうでもいいといった返事をした。

「だから和潤って人はね、英信さんをあまり可愛がっていなかったって話ですよ。その英信さんが、あの埋蔵金に目をつけたのも、たとえ和潤さんの愛がなくても、それさえあれば周りの者を見返せるという気持ちがどっかにあったんだとか、なかったんだとか。だって、あれは見つけた者が、みんな持っていけるんですからね。そうしてみると、英信さんは常に、和潤さんの愛人との間に出来た三子のことをライバル視していたんですね」

「へー」

 また、すみれは関心のない返事をしてしまった。

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