1 尾上家の埋蔵金
青月島という名前の島をご存知だろうか。それは、新潟県沖にひょっこりと浮かんでいる、この世にあまり名を知られていない小島のことである。それでも、個人が所有している島としては、だいぶ面積が大きなものであった。
青月島の中心部には、深々とした森が広がっていて、その真ん中を貫くように、切り立った烏帽子型の岩山が、天高くそびえ立っている。沿岸部にはごつごつと隆起した岩場が広がっていて、見たことも聞いたこともないような奇岩が、無数に転がっているということである。
それらの岩は、天狗の鼻が突き出した天狗岩だとか、十二支の動物たちが彫り込まれた十二支岩だとか言われるもので、江戸時代に、付近の漁師がこの島に立ち寄った際に、信仰物として祀っていたものだろうと言われている。
この青月島を所有しているのは、山梨県の武家の末裔である尾上家である。
さて、尾上明安は、戦前にいつの間にやら巨万の富を手に入れた。それは、一体どういうわけか知れない。それが徳川の埋蔵金か、自家の宝物だったのかはわからないが、いつの間にやら、巨万の埋蔵金をどこからか掘り当てたものらしく、尾上家の蔵には純金の宝物が無数に収まっていたという。
ところが、太平洋戦争が始まる少しばかり前から、明安はこの宝物を青月島に船でこそこそと運んでしまった。この戦争によって、軍に埋蔵金を没収されるのを怖れたのだとか、色々なことを噂されているが、その真意は未だに分かっていない。そして、どこかに隠されたとされている埋蔵金は、いまだに見つかっていないのである。
さて、明安と妻の早苗の間には子供が産まれなかった。そこで、明安は養子として和潤を引き取った。ところが、明安は遊び人で方々に愛人をつくるのに必死なあまり、和潤を息子として愛するということがなかったのである。
このようにして、和潤は、明安に息子として認めてもらえず、また和潤自身も明安を親として認めなかったのである。
明安は死する時、きわめて奇妙な遺言を残した。勿論のこと、尾上家の資産は和潤のものとなった。しかし、あの巨万の埋蔵金だけは、尾上家の者であるか、この和潤の血を受けたものであれば、誰にでも相続権が与えられているというのである。ところが、実際に相続をすることができるのは、埋蔵金を発見した者一人のみ、としたのである。
明安はこのような不可思議で酔狂じみた遺言を残して、この世を去っていった。そして、和潤は、明安から埋蔵金が隠されている場所を指し示しているという謎の暗号文を受け取っている。
しかし、和潤はその生涯で、ついに暗号文を解くことができずに、この世を去っていったのである。
さて、その和潤も血の繋がらない父の影響をどこかで受けていたのであろう、かなりの遊び人であった。その為、やはり方々に愛人をつくるのに夢中であった。正妻は巴であった。巴との間に一人、子を授かっている。名を英信と言う。それに和潤には愛人が三人ほどいて、その愛人の間に一人ずつ子供を授かった。
さて、ある噂によれば、和潤と巴の婚約は形式的なものであり、英信が和潤と巴の間に産まれた子供であるかは疑わしいというのである。巴も他に想いを寄せる人がいて、その人との間に産まれた子供こそが英信なのではないか、ということが容易に想像できるのである。
その証拠には、和潤は明安から受け取った埋蔵金の暗号文を、正妻巴との間に産まれた子である英信にではなく、愛人との間に産まれた潤一に手渡していた。
しかし、和潤は一族の者にこのように言い残している。
あの青月島には決して近寄ってはいけない。あの島に近寄れば、一族の間で、埋蔵金をめぐる血で血を洗う凄惨な抗争が巻き起こることであろう。あの島の管理は他人に委ねて、尾上家、またこの和潤の血を受け継ぐ者は一人として、あの島に訪れてはいけない。
これが尾上和潤の遺言であった……。
さて、謎の暗号文を受け取った潤一も年若くして病に倒れ、山梨県の病院で、息を引き取ろうというところである。
潤一は、震える声で自宅の机の中に暗号文があることを訴えた。これを聞いた知人が、潤一の自宅の机の引き出しを開けると、そこには暗号文が入っていた。それはボロボロの和紙に筆でこのように書かれていたのである。
天狗の鼻が突き出すところ
極楽へ向かえ
右の手に
青月の夜
知人はこれを、潤一と血の繋がりのある人物に届けようと思って、葬式に現れた、これもまた愛人との間の子供、東三に手渡したのである。
東三はしばらく、この和紙の文面を睨んでいたが、途端に顔がぱっと明るくなったかと思うと、帰宅後、尾上家に手紙を書き出した。
その手紙の内容は、あの青月島に相続権を持つ人間を集めようというものであった……。