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クラスの四割はどこかの世界を救いに行ってます。   作者: 宇部 松清
最終章 物語のその後
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「押し出しぃっ?」


 何らかの魔法だろうと防御の姿勢を取っていた僕は、意表を突かれた攻撃に体勢を崩した。それを立て直そうと右足を一歩引く。その時、ギャラリーから「あぁっ!」という声が聞こえて来た。決して口出しはしないようにと厳しく言い付けてあったことが仇となったらしい。つまり僕は、彼の攻撃を避けているうちに知らず知らず崖っぷちに追い詰められていたようだ。まぁ、教えてくれなかったギャラリーのせいというよりは、それに気付かなかった僕が完全に悪いんだけど。


 僕の右足を乗せた部分ががらりと崩れる。さすがにこの状態を打開する術は無く、僕の身体は垂直に切り立った岸壁を滑り落ちる。何とか右手を縁に引っ掛けることに成功したものの、そこに軽い痛みを感じて見上げてみると、したり顔の勇者がいる。彼の足は僕の右手の上にちょこんと乗せられているのだった。あぁ、こういうの漫画とかでよく見るやつだなぁ、と僕は思った。


「終わりだな、魔王」


 彼は実に楽しそうである。この短い言葉の中にもそれがビンビンに感じられるほど、弾んだ声だ。


「あのさ……」

「何だ? まだゴンザーズがいるってか? ハッ、そのうちあいつの息の根も止めてやるよ。ハハハハ!」

「そうじゃなくてさぁ……」


 やれやれ、と僕は思った。君がライオネルを倒せるようになるまで何十……いや、何百年かかるだろうね、という言葉はぐっと飲み込むことにする。


「何だよ、命乞いか? みっともねぇなぁ、魔王さんよぉ」


 彼はニタニタと笑いながら僕を見つめる。ほんと、どっちが魔王だよと思う。


「あのさ、もう1人忘れてない? えー……っと。ゲジャナだっけ。僕はコーナって呼んでるけど」

「んあ? そういえば……。何だよ、お前、不意打ちでも食らわす気かよ! きったねぇなぁ!」


 そう言って、僕の右手に足を乗せたまま、辺りをキョロキョロと見渡す。「違うってば」


「あのさ、ラグーンって知ってる、よね? フォヴスには無いけど、元魔族だもん」

「当たり前だろ。何だよ、急に。ゲジャナちゃんの話じゃなかったのかよ」

「知ってるなら良かった。あとさ、こないだライオネルとコーナにぼこぼこにやられたでしょ。あれの理由がわかったよ」

「……んだよ。何でそう話がコロコロ変わるんだ!」

「まぁ聞いてよ。簡単な話。彼らも親戚だったんだよ。だーいぶ遠いみたいだけどね。まぁ君と同じだよ」

「……あっそ」

「コーナはさ、実験台になってもらったんだ」

「はぁ?」

「ラグーンに浸かってもらった。遠縁なら、無事なのかなーって知りたくてね」

「な……っ、ちょっ、お前……っ!」

「ねぇ、ラグーンに浸かった魔族がどんな風に死んでいくかって……、君は見たことある?」

「……何でそんなこと聞くんだ」

「しゅーってね、湯気が出るんだよ。しゅわしゅわって音も聞こえる。どんな大きなやつでもあっという間に骨だけになっちゃうんだ。まぁ、それも最終的には全部溶けちゃうんだけどね。それでもさ、ほんと最後までもがくんだよ。必死に手を伸ばしたりしてさ。だから、だいたい手だけが縁だけに残ってたりしてね。知ってた?」

「だから何でそんなこと聞くんだって!」


 彼は真っ赤な顔でそう叫ぶと、僕の手に乗せた足にぐっと体重をかけた。さすがに結構痛い。


「もうじき君がそうなるからだよ」


 僕は出来るだけゆっくりとそう言った。彼がしっかりと恐怖を感じられるように。


「何……?」

「君は知らないのかい? ここにはフロージア・アイランド最大の間欠泉があるんだ。――この真下にね。あと数十秒ってとこかな。もうすぐ噴き出す。噴き出される水蒸気はラグーンの湯だ。そして、それをまともに被るのは僕と――、君だよ」

「な……っ!」

「あぁ、もしかしたら上空にいる父さんにまで届くかなぁ。まぁでも、問題無いけど。それに、ギャラリーへの心配はご無用だ。シロが防御魔法をかけてくれてる」

「ちっ、畜生ぉぉおおっ! 落ちろ! 落ちろぉぉぉぉおおおお!」


 彼は泣きながら僕の右手を何度も踏みつけた。いやいや、真上から垂直に下ろすんじゃなくてさ、もっと……こう……引っぺがすようにしないとさ。……まぁ、放してやるよ。せめて相打ちってことにしたいしね。でも、ごめんね。


 僕は申し訳ないなぁと思いつつ、ばさりと羽を広げた。これも昨日発現したものだ。


「何……だよ……。お前、空、飛べんのかよ……」


 勇者はその場にへたり込んだ。負けを悟ったのだろう。負けを、というよりは死期も悟っちゃったかもしれない。何だか心なしか一気に老けたような気さえするのだ。まだ若いのに……。


「ごめん。ねぇ、降伏しない? 皆の前で降伏するって言ってくれたら、助けてあげるよ」

「うっ、うっせぇっ! そっ、その手になんか乗らねぇぞ!」

「……残念だよ。――バイバイ、勇者」


 そう言った瞬間、崖下の大きな水溜りが丸く膨らみ、勢いよく水蒸気が噴き出した。


「うっ、うわああああああぁぁぁぁぁぁっ! 嫌だ! 嫌だぁっ! 死にたくないっ! 死にたくないっ! だだだ誰かぁ――――――――っ!」


 勇者はその場に蹲った。こんなに暑い火山の中で、ガタガタとその身を震わせている。この世界には蘇生魔法などという都合の良いものは存在しない。勇者だろうが魔王だろうが死んだらお終いである。


 間欠泉の噴出はほんの数秒で終わった。僕はかなりの至近距離にいたため、びしょびしょである。この世界は乾燥魔法なんて都合の良いやつがあるかなぁ、などと考えていた。あるとしてもそれをシロが使えるかどうかが問題だが。風邪引いちゃうよ、全くもう。まぁ、ここならすぐ乾くか。


 さて、そんなことより――、


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