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「フハハハハハハ! よくぞここまで来たな、勇者よ! 褒めてやろう!」
僕は天鵞絨のマントを翻し、朗々とした口調で言った。ヴォイストレーニングの甲斐あって、なかなかの美声に仕上がっていると思う。おぉ、というどよめきがギャラリーから上がって来た。
勇者は急に変わった僕のキャラに異を唱えることも無い。彼もまたこの世界に入って来たようだ。良かった。ここでそれを指摘されるとこっちが恥ずかしい。
「魔族でありながら人間側についた裏切者め!」
僕の声と共に、リヒト王の腹の下にある小さな雷雲から雷が落ちる。うん、タイミングばっちり。特訓の成果が出てる。やっぱり雷って大事だよね、うん。
勇者はそこで目を伏せた。やはり彼も心のどこかで魔族を裏切った負い目があるのだろう。この反応ならば、『パターンB:飴をチラつかせる』だ。
「どうだ、いまからでも遅くはないぞ。ヘクラカトラに戻ってくる気は無いか? もし貴様がこちらに戻ってくるというのなら、特別に大臣の椅子を用意しようじゃないか」
僕は取って付けたような甘言を弄する。僕のこの表情を見ればそれが本気じゃないなんてことはすぐにわかるはずだ。
「戯言を抜かすなぁっ!」
彼もなかなかの気迫である。とても12歳の少年とは思えない。幾多の死線をくぐり抜けてきたのだろう。
「ほぅ、それが答えか……」
「当たり前だ! 俺は貴様を倒す! そして、人間だけの平和な世界を作るんだ!」
それは絶対無理だと思うなぁ。現役で人間だけの世界に生きてるけど、平和じゃないところなんていっぱいあるし、一見平和そうに見えるところでも内側は腹の探り合いでドロドロである。しかし、そんなことを指摘出来るような雰囲気でも無い。第一、こいつは僕と初めて会った時、『王になって愚かな人間を統治する』とか抜かしていたのだ。どの口が平和とか言うんだ、と僕は笑った。
「フハハハハハハ! 片腹痛いわ! 貴様なぞ八つ裂きにし、死体はグールにでもくれてやる!」
完璧なタイミングで雷が落ちる直前、ギャラリーの中にいたグールの「マジで? やった!」という声が聞こえた。いや、言葉のあやですよ……。
僕はぱちんと指を鳴らした。戦闘開始の合図である。指揮者である狼男が指揮棒を振り上げた。セイレーン達の厳かな演奏が第1楽章から第2楽章~最終決戦~に切り替わる。
「うおおぉぉぉぉっ!」
勇者は伝説の剣を振りかぶり、僕の脳天めがけて振り下ろす。僕はそれを右手で受け止めた。どうしよう、この剣。折れるかな?
「何っ?」
明らかに動揺している彼の顔が見える。まさか素手で受け止められるとは思わなかったのだろう。まぁ、ぶっちゃけて言うと、僕もまさか出来ると思わなかった。痛いのは嫌だけど、僕の背後にはシロが控えていて、すぐに回復してくれる手筈になっていたので、思い切ってやってみたという次第である。
「お前、あの時より強くなったのか?」
「そりゃあね。何となくだけどさ、キリノくんは僕に勝てないと思うんだよね」
「その名前で呼ぶんじゃねぇ!」
キリノくん、もとい、勇者は剣を握る手に力を込める。
刃を直接握っている僕の手をどうにか切り落とそうとしているようだ。どうやらこの剣は何らかの伝説があるのかもしれないが、所詮『ある』というだけで僕に対する特殊な効果は無いらしい。刃を強く握り、勢いよく手首を捻ると、それはぽきりと小気味良い音を立てて折れてしまった。
「僕を倒すために特訓もしただろうし、経験も積んだんだろうけどさ。でも僕はあの先代の息子なんだよ? 君は所詮はとこだ。元々のポテンシャルが違うんだよね」
そう言いながら、無残にもぽっきりと折れてしまった剣の一部をぽいと投げる。勇者は悔しそうに歯噛みをして、僕を睨みつけた。
「うるさいっ! お前なんか! お前なんかぁっ!」
彼はそう言って、刃の半分を失った剣をやたら滅多に振り回し始めた。目にはうっすらと涙がにじんでいる。いじめっ子の気分だ。もやもやする。
恥ずかしながら僕も経験があるのだが、このような状態になると、自分でも思った以上に力が湧いてくるものだ。実際、彼の太刀筋はめちゃくちゃだったのだが、全く予測不能の動きをするため、避けるのは容易ではなかった。その上、明らかに攻撃力も増している。
「お前がぁっ! 急にっ、出て来てなぁっ! 王位継承だなんてなぁっ!」
僕は彼の攻撃を避けながら一歩、また一歩と後退していく。成る程、どうやら彼はぽっと出の僕が『どうもこんにちは。別世界からやって来ましたが、先代の息子っつーことなんで王位継承しますわ。四露死苦!』ってやったのが気に入らなかったらしい。もしかして僕のせいで父さんが引退したとか思ってたり……? まさかと思うけど、そんだけの理由で勇者になったとかじゃないよな……?
「ねぇ、もしかして、さぁっ、僕のせいで、父さんが引退っ、したとかっ、思って、るっ?」
僕は短くしてしまったがためにやけに至近距離で振り回される羽目になってしまった彼の剣をすれすれで避けながら問いかけた。しかし彼は血走った眼で僕を睨みつけたまま、フーッフーッと荒い呼吸を繰り返すのみである。
「だとしたら、さぁっ、お門違いって、やつ、なんじゃ、ないっ?」
彼の剣は時折、僕の前髪をかすっていった。さすが伝説の剣、短くなっても切れ味は変わらない。僕の視界はその度にどんどんはっきりしていく。せっかく前髪で隠していた僕の額が徐々に露わになってしまった。そこには昨日発現した第三の目があり、しっかりとその瞼を閉じた状態で開かれる時を待っている。
「ハァ……ハァ……。魔王らしく……なってきたじゃねぇか……」
彼は僕の額の目を見ると、持っていた剣をその場に投げ捨てた。戦いを放棄するのか? まさかそんなはずはない。僕は彼の動向を見守る。確か勇者は魔法も使えるのだ。僕に物理攻撃が効かないので、魔法に切り替える気なのかもしれない。
「だがな……。これで終いだ……」
そう言うと、大きく広げた両手のひらを僕に向けた。魔法か? そう思い、僕は身構えた。僕はまだ自分が魔法攻撃に対して耐性があるのかを知らない。
「死ねぇっ! 魔王っ!」
その言葉と共に、彼が繰り出した攻撃とは、意外にも――、




