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クラスの四割はどこかの世界を救いに行ってます。   作者: 宇部 松清
最終章 物語のその後
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「おい、約束通り来てやったぞ」


 約束通り、ふてぶてしい態度で勇者はやって来た。驚くべきことに、たった1人で。あれ? 僕人数指定したっけ?


「何なんだよ、これは!」


 彼は苛立ちを全面的に押し出して、手に持っていた何かしらの伝説がありそうな剣を傍らの大岩に振り下ろした。ゴッという音がして、彼の腰ほどの高さの大岩は真ん中から真っ二つに割れた。すごい、何その武器。


「何って言われても」


 フロージア・アイランド最大の火山、ヘクラカトラ山の頂きである。

 僕の後方にはBGM担当のs.B.Bが控え、さらにその後ろには彼女達の演奏と僕らの対決を鑑賞しに来た魔族達がきちんとシートを敷いて座っている。きちんと白線の内側に座っている。VIP席には久し振りに地上へ戻って来たリヒト王の妻、サイカ女王が火の粉避けの傘を差してにこやかに手を振っている。こちらでの母は思ってたより若くて美しい。


「のんちゃーん、頑張ってねぇ~」


 こっちでもこう呼ばれてしまい、僕は名付け親である祖父をほんの少しだけ恨んだ。


「お前、それなりのムードって言ったよなぁ?」


 彼はそう言って、足元に転がって来た先ほどの岩の破片を思い切り踏みつける。それはまるで泥団子のようにぐしゃりとつぶれた。脚力もなかなかのようだ。


「そうだよ。ほら、聞こえる? この美しいながらも何だか絶望的なBGM。それに、真っ暗な空。雰囲気ばっちりでしょ?」


 僕はそう言って両手を高く上げる。それにつられて勇者も真っ暗な空を仰いだ。結局、布の問題でだいだら法師案は泣く泣く却下したのだ。その代わりに空を覆っているのは――、


「――どうだ、我が息子よ……!」

「ばっちりだよぉ~、父さぁぁ~んっ!」

「てんめぇ! 先代に何やらせてやがるっ!」


 真っ黒な雲のように見えていたのはリヒト王の腹であった。

 僕はこの対決の一週間ほど前に初めて魔界へ下りてみた。地上が狭いと引っ込んだリヒト王の居住地であるだけに中の広さは相当である。たぶん、地球(この世界では何と言うのだろう)の中心すべてが魔界なのだろうと僕は思った。


「あら、のんちゃん。初めまして」


 僕を出迎えてくれたのはここでの母、サイカ女王である。僕はファースト・コンタクトで『のんちゃん』というどこかで聞いたようなあだ名を賜ってしまったことに動揺しつつも、親子の会話として不適当すぎる「初めまして」という言葉を絞り出した。


「いよいよ勇者と対決ですってぇ? ママ、見に行ってもいいかしらぁ?」


 世間知らずのお嬢様といった印象のサイカ女王は、このヘクラカトラの命運をかけた最終決戦を前に、まるで息子の運動会でも見に行くようなノリである。

 ダメです、と言いたい。強く言いたい。言いたいけど、きっとこの人はそんなの聞かないだろう。ウチの母と同じだ。「見に行ってもいい?」=「見に行くわね」なのである。


「いいですよ……」


 初対面のはずなのに何だかそんな気がしないのは、この人(人じゃないけど)がウチの母に似ているからだ。僕は早々に諦めることにした。


「あぁ、そんなことより、父さんにお願いがあって来たんです、僕」

「あら? パパに?」

「どこにいるんですか?」


 辺りをキョロキョロと見回す僕に、母はにこにこと笑いながら下を指差した。「ここよ」


 僕は青白く美しいその指の先を見た。しかし、そこには何も無い。ひたすら真っ黒な地面があるばかりである。


「どこに……?」


 そう言った瞬間、ぐらりと地面が波打った。「うわぁっ!」


「お前が先刻から踏んでいるのが、私だ」


 遥か数百メートル先に大きな山が見える。声はそこから聞こえてきた。どうやら、首だけを起こしている状態らしい。僕がいたのは彼のあばら辺りなのだった。


「ふ、踏んで……? すみません!」

「気にするな。して、私に頼みとは何だ?」


 リヒト王は、この巨大な地球の空洞の中で仰向けに寝そべっていたのである。女王はその上で生活しているらしい。確かにこの大きさなら地上が狭いというのも納得である。そして、この大きさであれば、ヘクラカトラ山上空を覆い隠すのにちょうどいいと僕は思った。僕は予定通り、父に依頼をし、彼は他ならぬ息子の頼みである上に、久々の地上だと二つ返事でOKしてくれたのである。


「……てなわけ」

「……てなわけ。じゃねぇよ! お前、先代のすごさを知らねぇのか? カリスマなんだぞ、カーリースーマ!」


 勇者は顔を真っ赤にして憤慨している。何で君が怒るんだ。


「カリスマって言われたってさ。僕の父さんだし。第一、人間側の君には関係ないと思うけど」

「うっ、うっせぇな!」

「それにさ、先代もろとも殺っちまえば、俺の地位は盤石だぜ! とか考えないの? 君なら言うと思ったんだけど」

「いっ、いま言うとこだったんだよ! っばーかばーか!」


 目が泳いでいる。絶対嘘だ。何だよ、こいつ。子どもかよ。あ、子どもか。


「のんちゃーん、あんまり意地悪言っちゃダメよ~。キリノちゃんは昔、パパのファンだったんだからぁ~」


 そこへ母からの痛恨の一言である。彼は「おっ、おばさん! それは……っ!」と言って、がくりと膝をついた。


「そう……なの……? ていうか、君、キリノくんって言うんだ……」


 名前まで似てるのかよ。


 まだ何も始まっていないというのに精神に多大なるダメージを受けている勇者に僕はほんの少しだけ同情する。どうしたものかと、僕は彼の肩に手を掛けた。「別の日にする? 何かごめんね」


 彼は僕の手を払いのけ、真っ赤な顔でギッと睨んできた。怒りで肩がぷるぷると震えている。「ぜってぇ殺してやる……」まぁ、そうだよね。


「じゃ、仕切り直しと行こうか。――ライオネル、配置に!」「はっ!」


 ライオネル、という言葉で彼の方を見た勇者の身体が強張ったのがわかった。何せ彼は先日ライオネルとコーナのコンビにこてんぱんにやられたのである。卑怯だと言わなかったのは、彼の中の正義のためだろうか。


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