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クラスの四割はどこかの世界を救いに行ってます。   作者: 宇部 松清
第5章 企画会議と猛特訓
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 村民全員に見送られ、僕らはネスカプを出た。

 フォヴスとの境にある残りのラグーンに浸かり、勇者討伐以外の全工程を終え、グリフォンの背に乗ってキャヴイックへ向かう。勇者討伐を期待していたコーナはブーブーと文句をたれていたが、ド派手な演出でこてんぱんにやっつけるんだと言った途端機嫌を直した。何とも現金なやつだ。


 そう、『勇者討伐』以外の全工程は終えたのだ。ということはつまり、僕の身体は、魔王としての力を完全に取り戻したということである。僕は最後のラグーンの脱衣所にある姿見で何度も自分の裸身を(そんなにまじまじと見たいもんでもなかったけど)見た。しかし、表面には何の変化も無いのである。こんなんで本当に大丈夫なんだろうか。まぁ、目や手の数が増えても困るだけなんだけど。


 予定よりもだいぶ早い帰還となったわけだが、やることは山積みである。最終決戦にふさわしい演出の企画会議だ。勇者との約束の日まであと52日。これが果たして多いのか少ないのか……。


 戻って最初に片付けなければならないのは、今回の視察結果をまとめることだ。それによって、来年度の予算を調整したり、公共施設の改装や増築、学校職員の異動などを検討したりする。3日ほどかけてそれを完成させた後は各部署へ丸投げである。彼らは職務に忠実だし、何より、僕は忙しいのだ。


 王宮で一番広い会議室の入り口に『最終決戦企画会議』という張り紙をする。ちなみにこれはせっかくだからと、僕が書いた。習字なんか何年振りだろう。配分を間違えて『議』が随分と小さくなってしまったが、それもご愛敬ってことで。


 この会議室は身体の大きさがまちまちな魔族も一度に集められるよう、中心にある演壇に向かってすり鉢状になだらかに下がっている。僕はその中心にある大きなホワイトボードの前に立った。このボードに書いたものは後ろの者にも見やすいように巨大スクリーンに映される仕組みとなっている。僕はクラス委員の経験も無いので、正直、ものすごく緊張している。教卓の上でがっつりポーズを決めていたクラス委員の三ツ橋を思い出し、すげぇなぁと素直に感心した。


「さて――」


 ボードと、それを映しているスクリーンには僕の拙い字で、


『最終決戦企画会議』

・BGM

・演出

・天候


 と書かれている。様々なRPGをプレイしてきた僕なりに、必要だと思うものを挙げたのだ。


 ここで一番重要なのはBGMだと思う。最終決戦にボスが何をしゃべったとか、どんな演出だったかは忘れてしまっても、その時に流れていた音楽というのは色褪せない。一世一代の大勝負なわけだから、やはり記憶に残るBGMは必須だ。


「作曲出来るやつ、挙手――」


 僕は右手を大きく振りながら拡声器を使って言った。パラパラと手が挙がる。よしよし。僕は双眼鏡で一人一人確認しながら『BGM』の隣に名前を書いた。ライオネルがその1人1人にプリントを配布する。


「じゃ、ここに名前書かれたやつらは、早速いまから別室で作曲の方頼むね。イメージと〆切りはそのプリントに書いてあるから。はい、移動してー」


 僕の言葉で作曲チームがぞろぞろと会議室を出て行く。皆、意外な特技があるものだ。てっきりセイレーンばかりが集まるかと思ったのに、ゴブリンやら鬼やら、よく見るとグールまでいる。何なら下を向いたまま作曲チームに加わらないセイレーンもいて、おい、逆にお前は何が出来るんだよと思ったりもする。


「さて、次は演出と天候なんだけど――……。僕のイメージなんだけどね、最終決戦っていうのは、とにかく禍々しい雰囲気でいきたいわけ。場所も火山だしさぁ、何て言うかな、こう、暗くて、常に雷鳴なんかも響いてて、火柱なんかも無駄に上がっちゃうような。わかるかなぁ」


 最前列の数人がこくこくと頷くのが見える。まぁ、だいたいは伝わっているだろう。


「たださぁ、ここって、滅多にそんな天気にならないでしょ? もし当日快晴だったりしたら雰囲気ぶち壊しじゃん」


 あぁ~、確かに、という声が聞こえる。良かった。充分伝わってる。


「はい」


 後列のガルーダが手を挙げる。「はい、どうぞ」


「当日、我々の群れが空を覆うというのはいかがでしょう。足りなければ、他にも空を飛べるやつらを集めては?」


 積極的に意見を出してくれるのってこんなにありがたいんだなぁ。僕はイベント前のクラス会議の様子を思い出す。なかなか手の上がらない状況に三ツ橋はいつも大きなため息をついていた。そして止むを得ず、端から強制的に発言させるという手段を取る。しかし、案があるのなら手を挙げているわけで、結局、ぐだぐだと時間ばかりがすぎる結果となるのだ。


「いいね。いい案だ」


 僕は『天候』の隣に『ガルーダの群れで空を覆う』と書きながら、心の中で三ツ橋に、いままでごめん、と詫びた。今度からは案があったら挙手するよ。たぶん無いけど。


「しかし、彼らの羽ばたきでせっかくのBGMが聞こえないのでは?」


 挙手と共に口を開いたのは最前列のドワーフである。そういう前のめりな姿勢、先生、嫌いじゃないです。


「それも一理あるなぁ」

「はい」


 その風貌とは裏腹に控えめな挙手をしたのはオーガである。「はい、君」


「はい。あの、大きな布を織って、それで空を覆うのはいかがでしょう」

「布かぁ……。確かにそれなら静かだね。でも、それをどうやって……」


 端をガルーダに持ってもらって……。いや、それだと結局羽音の問題から脱しきれていない。僕は拳を顎に当て、ううん、とうなった。


「あのっ、大和島からだいだら法師を四名呼び寄せたらどうでしょうかぁっ」


 同じく大和島からの移住者であるぬえが口を開く。


「成る程。彼らなら出来るね。うんうん」


 建設的な意見が飛び交い、僕は気を良くする。三ツ橋がこの場にいたら、ここに移住したい、と言い出しそうだ。

 僕はボードに挙げられた意見を書きながら、しかしそれほどの大きさの布をどうやって織ろうかと考えていた。アラクネは織物が得意だったはずだが、ヘクラカトラ山をすっぽり覆うほどの大きさはさすがに厳しいだろう。アラクネといえば、ヴァヴァさん元気かなぁ。彼女には期待を持たせてしまった詫びと、見舞金として結構な額を振り込んである。息子さんの学費の足しにしてください。


 企画会議は小休憩を何度か挟み、終了した。なかなか有意義な会議だったと思う。あんな風貌で皆真面目なのだ。人(人じゃないけど)は見かけによらないとはよく言ったものである。

 それから数回の会議を終え、ようやく企画はまとまった。後は各自持ち場のリハーサルである。森の罠は解除したけれど、やはり勇者にはそれなりに苦戦しつつ来てもらわないと。

 夜叉をリーダーとする作曲チームは5日かけて僕のイメージ通りの曲を作り上げて来た。


『波一つ無い清らかな水面に凝縮した穢れの一滴を垂らしたような清と邪のコントラストに、単調なようで複雑な音階。音自体は山全体に響き渡るほどの大きさであるにもかかわらず、不思議とやかましい感じはせず、心地良いようで落ち着かない』


 よくもまぁこんな無茶なイメージで作ってくれたよなぁ、と感心してしまう。

 これは楽器を使わず、すべてセイレーンたちの声で『演奏』することにした。当日は生演奏の予定だが、もしもの場合を想定してレコーディングも行うことにする。何度もテイクを繰り返し、やっと満足のいくものが完成した。これはこれでCDにし、近日発売予定である。

 『緋色の頂き/s.B.Bセイレーン・ビート・ボックス』定価300クロナ。

 初回限定盤にはメイキング映像とどういうわけか僕のポストカードが付く。さらに予約特典として、僕の等身大ポスターが……。いらない。絶対にいらない。しかし、この半ば冗談で販売したCDが後にテン・ミリオンのヒットを飛ばし、年末には各地のコーラスグループが演奏するのが定番となるのだが、それはまた別のお話である。


 さて、お次は――、


「ライオネル! もう1回だ!」

「かしこまりました!」

「ダメだ! タイミングが合ってない!」

「申し訳ございません!」

「謝ってる暇なんか無いぞ! もう1回!」

「はっ!」


 対決の日まであと2週間である。僕とライオネルは対決予定地であるヘクラカトラ山の頂きで猛特訓中である。彼――勇者との最終決戦において、これだけはどうしてもライオネルの力を借りなくてはならないのだ。この成否が勝敗を分けると言っても過言では無いだろう。わずかなズレも許されないのだ。


「お前の力はそんなもんか!」

「まさか! もう一度お願い致します!」

「その意気だ!」


 彼の気迫に僕もついつい力が入る。僕、普段はこういうキャラじゃないんですけど。

 岩場の影からコーナがこっそりこちらを伺っている。ここ最近構ってあげられていないから寂しいのだろう。ごめん、コーナ。この戦いが終わったら……。いや、止めよう。これも死亡フラグだ。


「完璧だね……」

「はい……」


 満天の星空である。ふわりと揺れるオーロラが美しい。

 特訓を終え、完璧に仕上がった僕らはその場にごろりと転がり、星を眺めている。

「魔王様、いよいよ明日ですが」

「そうだね」

「緊張なさってますか?」

「僕が? まさか」


 僕はそう言ってニィっと笑った。「絶対負けないから、安心して」


「もちろん。勇者など、魔王様の敵ではございません」


 ライオネルも牙を見せて笑った。

 明日か。

 とうとう来たんだ。

 正義が悪に屈する日が。

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