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クラスの四割はどこかの世界を救いに行ってます。   作者: 宇部 松清
第5章 企画会議と猛特訓
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 話が一段落したところで、食堂のオバちゃん人魚が食堂内の水路を泳いで僕らにコーヒーを運んで来る。彼女らも慕うガダン隊長が特に何のお咎めもなかったので安心したようだ。いや、もし仮に何らかの処罰が下ったとしても、コーヒーくらい淹れてほしいんだけど。

 僕は淹れたてのコーヒーに舌鼓を打った。さすがに『ペルコ』のコーヒーには劣るものの、それなりの豆を使っているようだ。


 その時、僕はかすかな揺れを感じてカップを置いた。半分ほど残っているコーヒーに波が立つ。地震だろうか。僕は長年の指導により、テーブルの下に潜りそうになる衝動をぐっとこらえる。これくらいの地震でその対応は魔王としてちょっと恰好がつかないだろう。かすかな揺れはやがてゴゴゴ……と地響きを伴う大きな揺れとなり、僕はいよいよもって『その時』が来たかと、テーブルに手をかける。

 なぜかどんどん近づいてくる地響きは、ゴゴゴからドスドスドスといった音に変わった。まるで、巨人の集団が押し寄せてくるような……。


「魔王様ぁっ!」


 その音はどうやら足音らしいと僕が知覚した瞬間、食堂の扉は勢いよく開かれた。

 開け放たれた扉の前に立っているのは5名のサイクロプスと1匹のケルベロスである。ケルベロスはあのポスターのモデルだろう。この恐ろしい顔をよくもあそこまで可愛らしく仕上げたものだ。


「魔王様ぁっ!」


 中心にいた若いサイクロプスは再度僕を呼び、つかつかと……、いや、ドスドスと歩み寄ってくる。


「な……、何……?」


 その思い詰めたような表情に僕は思わずたじろいだ。

 彼らは僕の前に立つと、勢いよくその場に手をついて一斉に頭を下げた。ケルベロスもまた同様である。


「申し訳ございませんでしたぁっ!」

「はぁ?」


 状況が飲み込めず、きょとんとした顔をしていると、ガダン隊長がその集団のもとへにじり寄った。


「おっ、お前達、なぜ来たんだ!」

「隊長ではございません! 俺……、いや、私でございますっ!」


 中心にいた薄紫色のサイクロプスが床に頭をこすりつける。いやいや君らはすーぐそうやって床にぐりぐりするけれども、顔洗う時、沁みるよそこ、絶対。


 まぁ要するに、彼がズェージャンなのだった。自分の提案のせいで隊長が処罰を受けると思った彼は、同じく警備に任命された仲間達を伴ってやって来たというわけである。


「ですからぁっ、処罰は私にぃっ!」


 これ以上やれば床が凹むんじゃないかというくらいに、彼はなおも頭をこすりつける。実際、若干歪んできた気さえする。僕は彼を止めるのが先か、それともここから何度も名前を呼ぶかもしれないことを考慮して改名するのが先かと悩んだ。しかし、何となく沈んで来ている床を見て、止めるのが先だと判断し、僕は再度椅子から降りた。


「とりあえず、顔上げようか。……君達も」


 筋骨隆々のその肩に触れると、彼はびくりと身体を震わせた。そんな心配しなくても、何もしないってば。

 その言葉で彼らはおずおずと顔を上げ、神妙な顔付きで僕を見る。僕は彼らの視線を充分に受け取ってからライオネルを見た。彼は僕だけにわかる程度のかすかな笑みを浮かべ頷く。僕はそれを見届けてから、心配そうに成り行きを見守っているガダン隊長の前に立つ。


「ほら、やっぱり君は素晴らしいリーダーだ」


 そんな滅相も――、と彼は巨体を震わせる。何のことかわからない部下達は僕と隊長とを交互に見つめていた。


「君達も安心していいよ。ガダン隊長に処罰が下るなんてことはないから。ね、ライオネル」

「もちろんでございます」

「ていうか、逆にいまどんな褒美を取らせようかって考えてたとこなんだから。ね、ライオネル」

「その通りで――……、なぜいちいち私に確認を?」


 僕はライオネルの問いかけを無視して話を続ける。


「僕は英断をした隊長に褒美を取らせようと思ったんだけどぉ――……」


 ガダン隊長とズェージャンの間を行ったり来たりしながら含みを持たせた口調で、わざとゆっくりそう言う。「まっ、魔王様! ですからそれは私ではなく……!」案の定、ガダン隊長は口を挟んできた。


「そう、隊長がね、それはどうしても君に、って」


 僕の足はズェージャンの前でぴたりと止まる。彼はその大きな1つ目をこれでもかというくらいに見開いて、右隣で膝をついている隊長を見た。その後ろについている仲間達も同様である。


「隊長……?」

「当たり前じゃないか。俺はお前が提案しなければ与えられた任務をひたすら遂行するだけだった。村民の心にまで気を配るなんてこともせずにだ。お前が言ってくれたからこそ、いまの村がある」


 彼は俯き加減でそう言った。目を見て話すのは照れくさいのだろうか。


「魔王様、違います! 確かに発案したのは私ですが、隊長がそれを受け入れてくれたからこその結果でございます! それに、私一人の力では当然ございません! ここにいる皆の協力あってこそでございます!」


 さぁーてどうするかなぁ、と僕は思った。

 僕の目の前では、手柄の押し付け合いが行われている。何この状況。助けを求めるようにライオネルの方を見たが、彼も面倒と思っているようで、さりげなく目を逸らされた。その代わりに彼の胸ポケットに収まっているシロが青い顔をして僕を見つめる。いや、君はいいや。それにしてもライオネルのやつ、恐れ多くも『魔王様』のアイコンタクトをかわすとは、さすが遠縁といったところだろう。畜生。こういう時だけ親戚面しやがって。

 などと思っていても進展しないので、僕はわざとらしく大きな咳をして、彼らの注目を集める作戦に出た。クラス内がざわついている時に高階先生がよくやる手口である。「コホン。あー、えーっと、ちょっといいかね」せっかくだからと口調まで真似てみた。誰にも伝わらないモノマネである。


 それが誰かの真似だなんて知らない面々は、それでもすぐにこちらを見てくれた。高階先生には申し訳ないが、これが人望の差というやつであろう。


「君達の気持ちはよぉーっくわかった。ズェージャン、君達はいい上司を持ったね」


 そう声をかけると、ズェージャン達はその大きな瞳にとんでもない量の涙を湛えて「はいっ」と返事をした。あまり首を振らないでほしい。君らの涙の一粒でもウチのシロが溺れる量なんだから。


「ガダン隊長、いい部下を持ったね」


 同じようにそう言うと、隊長は照れたように頬をおかしな色に染めて頷いた。僕はふぅっと勢いよく息を吐き出すと、胸の前で両手をパンと打ち鳴らした。「よし!」


 一つの結論を出してすっきりしている僕にライオネルが頭上から声をかける。「何が『よし』なのですか」


「埒が明かないからさ、褒美の代わりに週末の交流会の予算は国から出すことにしよう」

「……ほぉ、成る程」


 そう来ましたか、とライオネルは小声で呟いてニヤリと笑った。僕もまた笑い返して「良いよね?」と念を押す。すると彼はにこやかな笑みを保ったまま、ほとんど口を動かさずに「少々予算を動かし過ぎでは?」と問いかけて来る。それは確かに、と僕も思う。しかしここで折れるわけにはいかない。負けじととびきりの笑顔と共に「そこを何とか。僕へ回す分を削っていいから」と提案した。税金から僕へ回ってくるのは約10%。それでも毎月5千万クロナほどになるのだ。


「僕は1%でいいから。残りの9%は僕の好きに使わせて」


 この言葉が後押しとなって、ライオネルは渋々了承した。良いじゃないか、これくらい。


「はい、これで解決ね」


 笑顔の作りすぎで固まりつつある頬をさすりながらそう言うと、彼らは再度頭を床につけた。何名かはあまりにも勢いよく頭を下げたために頭突きのようになってしまっている。えーと、大丈夫ですか? 頭も、あと、床も……。


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