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クラスの四割はどこかの世界を救いに行ってます。   作者: 宇部 松清
第5章 企画会議と猛特訓
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「もっ、もももも申し訳ございませんでしたぁっ!」


 薄緑色の顔を不思議な色に染めた隊長は全力疾走で僕らのもとに駆けつけると、勢いよくその場に膝と手をつき頭を下げた。僕は、いいから顔上げて、と言おうとしたが、隣で恐ろしい顔をして彼を睨み付けているライオネルを見て、上げかけた右手を下ろした。仕方ないなぁ、とため息をついてから口を開く。


「どうしてきちんと報告しなかったの?」


 なるべく低いトーンでゆっくりと話す。これが僕に出来る精一杯の『魔王っぽさ』である。


「そっ、それは……、その……」

「頭ごなしに怒ったりしないからさ、ちゃんと話して」

「はっ、はい……。つまり、その……。村内環境の改善というのは、本来の我々の任務ではないものですから……」

「僕に怒られると思った? 僕ってそんなに短気だと思われてたのかなぁ」

「いっ、いえ、そういうわけではなく……。その……、許可が下りるか、というか……」


 ガダンという名の隊長は床に頭をこすりつけた。


 ここは彼らの寄宿舎内にある食堂である。僕は話し合いの場にここをチョイスしてしまったことを後悔した。オバちゃん達の目が痛い……。彼女達の視線がチリチリと僕の背中を攻撃するのだ。石化を伴う視線である。僕はもちろん石になったりはしないけれど、ただの目に見つめられるよりはダメージがある。よって、物理的に痛い。


 そして、そんな視線が僕に向けられているということは、つまり、恐らくガダン隊長はとても慕われているのだ。とてもいいことである。僕は魔王だからこの国で一番偉いということになっているけれども、直接ここを守っているわけではない。彼女達からすれば、少なくともこの村では彼の方が上なのだと思う。


 僕はライオネルの制止を振り切って食堂の椅子から降り、ガダン隊長の前に立った。椅子は平均身長が8メートルほどあるサイクロプス用に誂えてあるため、とにかく高い。一生懸命身を低くしているガダン隊長の肩に触れ、言った。


「君は素晴らしいリーダーだ」


 その言葉にガダン隊長は「ふぇ?」と気の抜けた声を発して顔を上げた。


「結果として、村内環境は著しく改善され、さらに隊員の士気も上がっている。こう言っちゃなんだけど、ほとんど金もかけずに、だろ?」

「えっ、それは……確かに……」


 何せ報告を上げていないのだ。そのための予算なんて下りていない。『交流会』の飲食物は各家庭からの持ちよりなのだと老魔導士からも聞いている。


「ぶっちゃけ、金をかければ士気は上げられるんだ。豪華な飯や酒を用意したり、接待用の女を派遣したり、褒賞金制度もそう。だけど君は部下を動かしただけでそれをやってのけたじゃないか。君には何か褒美を取らせないといけないなぁ――」


 僕はほとんど感情を込めずにそう言ってみる。さて――、


「まっ、待ってください!」


 ――お?


「何?」

「私じゃありません! 私ではなく、ズェージャンなのです! 村の環境を変えたのも、それによって隊員の士気が上がったのも、全て彼のおかげなのです! 褒美なら、ぜひ、彼にお願い致します!」


 ガダン隊長は上げた頭を再度下げてそう言った。僕は思った通りの反応に気を良くし、ちらりとライオネルを見る。彼は致し方ない、といった風に小さくため息をついてから頷く。隊長のこの態度でライオネルが折れないはずがない。彼がこういうのに弱いのを僕は知っているのだ。


「やっぱり君は素晴らしいリーダーだよ」


 僕は再度そう言って、彼の肩を撫でた。しかし……、


「僕ってそんな狭量だと思われてたのかなぁ」


 ため息をつきながらポツリと呟く。今回の件で納得できない点があるとすれば、ここである。一言相談してくれたっていいじゃないか。許可が下りない『かも』で報告を飛ばされるというのは、今回のケースは結果としてオーライだっただけで、毎回うまくいくとは限らないのだ。それによって大問題に発展する場合だって当然あるだろう。


「けどね、ガダン隊長。虚偽の報告や漏れっていうのは、やっぱりいただけないよ。確かに今回は結果オーライだったけどさ。僕もやみくもに却下するわけではないし……」


 僕は優しく諭すように言う。僕の数倍大きな身体を持つ隊長は、頭を床につけ、これ以上は無理だというくらい身体を縮こまらせる。


「魔王様、ちなみに今回のケース、事前に報告があったとしたら、どうしてたました?」


 ずっと黙っていたコーナが口を開いた。何だ、君、話聞いてたんだね。僕はてっきり寝てたかと。


「そうだなぁ……。たぶん許可してたと思うな」

「どうして、ですか?」

「だって……、僕はこの部隊を高く評価してるからね。ほんの数人村の警護に回したところで戦況に支障が出るとは思えないし。それにきっと、抜けた者の分まで頑張ろうって思ってくれるやつらだと思うから」


 ほんの少し考えた後でそう言うと、コーナはにこりと笑い、ガダン隊長に言った。「そういうことだ」


 何が『そういうこと』なのかと首を傾げるガダン隊長と、僕。ライオネルはわかったような顔で小さく頷いている。


「魔王様のお心は海よりも広く、そして、どの海溝よりも深い。また、部下への思いはヘクラカトラ山のマグマよりも熱いのだ。今後は気兼ねなく報告、相談するが良い」


 ぴんと背筋を伸ばし、良く通る声でそう言い放つ。ガダン隊長は「ははーっ」と言って、再度頭を下げた。こういう時のコーナはしゃきっとして本当に恰好いい。僕は団長としての彼女を、その戦闘力を抜きにしても高く評価している。


「ですよねぇ~、魔王様ぁ」


 ……これさえなければ。


 彼女はびしっと決めた後で、くるりと僕の方を振り返り、大変可愛らしく小首を傾げて目尻を下げる。遠い遠いとーおい親戚という話だが、彼女は一体僕の何に当たるのだろう。


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