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クラスの四割はどこかの世界を救いに行ってます。   作者: 宇部 松清
第5章 企画会議と猛特訓
30/37

          *


 ホーフンで二つのラグーンに浸かり、僕らは再度グリフォンを呼び寄せ、フォヴスとの境の村、ネスカプへと向かう。

 ネスカプはライオネルから手渡される報告書の中に一番多く見る村名だ。つまり、一番多く人間から襲撃を受け、一番多く犠牲を出しているということである。凄惨な事件によって人間に多大な恨みを持つオラフズはスティッキの森があるため、ネスカプよりも人間の襲撃を受けない。それに、例の事件についてはこちらも村一つ壊滅させているのである。それで手打ちだという暗黙の了解があるために、こちらから攻め込むことも無い。なので、ごく稀にスティッキの森での被害報告があるくらいなのである。ただただ人間への恨みだけが充満している、そんな村だ。


 以前龍一に説明した通り、現在のネスカプには老いた魔導士と人魚しか住んでいない。それでも最近は派遣したサイクロプスの精鋭部隊が村内を元気付けようと色々頑張ってくれているらしい。そこへ移住を決めたという気概のある若者もおり、少しずつ村には活気が戻りつつある。いまの紛争さえ片付けば住みたいと言ってくれている若い魔導士や人魚もいる。こちらの世界でも『田舎暮らし』に憧れる若者が増えてきているのである。


 それでも僕はどきどきしながら村に足を踏み入れた。活気が戻りつつあるとはいっても、ここはバリバリの紛争地域なのである。きっと人間からの襲撃に疲れ切った村民が死んだような目で、精神的にぎりぎりの生活をしているに違いない。


 僕は村の入り口にある掲示板を見た。これは大抵の町村の入り口に設置してあるもので、郡部に行けば行くほど『死亡……〇〇名、負傷……〇〇名』や、付近をうろつく人間の目撃情報などといった物騒なお知らせが主である。それに対して王都周辺は『〇〇サークル定期発表会のお知らせ』といったのんきなポスターが貼られているのだ。


 一体今日はどれくらいの被害が出ているのだろう、と、僕は重苦しい気持ちでその掲示物を見た。魔王たるもの、現実から目を逸らしてはならないのだ。


『週末にこにこふれあい交流会のお知らせ』


 ――?

 何かあまりこの村に似つかわしくないお知らせが目に入ったような……。いや、そんなまさか。

 僕は思わず逸らしてしまった視線をもう一度掲示板に戻した。


 デフォルメされた笑顔のサイクロプスが『待ってます☆』という台詞を吐いている。さらに同じくデフォルメされたケルベロスに至っては、ウィンクと共に『待ってるワン☆』である。おかしい。絶対おかしいよ。何このほんわか感。ていうか絵上手すぎ。誰が描いたの?

 そう思っていたのは僕だけではなかったようで、皆、一様にポスターを見つめたまま一言もしゃべらない。僕は近くを歩いていた老魔導士を捕まえて質問した。


「ねぇ、この『ふれあい交流会』って、何?」


 んあ? と気の抜けた声を出した老魔導士は僕の顔を、というより、その後ろにいるライオネルとコーナという錚々たる面々を見て、折れ曲がった腰を無理やり伸ばした。いいよ、そんな無理しなくても。


「まっ、魔王様……!」


 やはりこの2人がいれば証明するものなどなくてもどうにかなるようだ。さすがに第一秘書と近衛師団団長をはべらせているのがただの魔族のわけはない。


「どうしてこちらに……?」


 彼の視線は僕、ライオネル、コーナとなかなか定まらず、もう一周したところで胸ポケットのシロの存在に気付き、びくりと身体を震わせた。


「視察だよ。いままで来られなくてごめんね。えっと、それで、これは?」


 僕はポスターを指差した。見れば見るほど現在の状況に似つかわしくない平和さである。

 老魔導士の語ったところによると、やはり数ヶ月前までは僕が予想した通り、村民は人間からの襲撃に疲れ、皆一様に死んだような目で家に籠り、精神的にぎりぎりの生活をしていたらしい。人間達とやり合うのはサイクロプス部隊なので、村民がそのような精神状態であろうとも戦況自体に影響は無いのだが、これではダメだ、と声を上げた者がいた。


 サイクロプス部隊の二等兵、ズェージャンである。これまた発音しづらい。度々出て来るようなら、改名させる必要がある。


「俺らは単に人間からこの村を守るだけでいいのですか」


 彼は二等兵というスーパー下っ端階級でありながら、勇敢にも隊長へ直訴したのだという。


「俺らがこの村に派遣されて数ヶ月です。たった数ヶ月ではありますが、村の皆さんは俺らのような異種族に対しても優しく接してくれています。村の病院は、傷を負った兵士で溢れていますが、そのことに不満を漏らす者もおりません。そんな心優しき村民達が、暗く沈んだ気持ちでいるのは間違っています!」


 しかし、我々の使命はこの村を守ることであってだな……と言いつつも彼の気迫に押されまくった隊長は、僕やライオネルに報告することもせず、村内環境の改善に力を入れ始めた。もちろん、それによって村の防衛がおろそかになってしまっては本末転倒である。そこで隊長は思い切ってズェージャンとそれに賛同した数名の任務を村内の警護のみにした。ちなみに、その報告だけは受けた。しかし、その理由については『防衛線の網の目をくぐって村内に侵入した人間から村民を守るため』だったはずだ。ね、ちゃーんと書類に目を通しているでしょう?


 晴れて村内勤務となったズェージャンと仲間達は、その日からとにかく村民に話しかけ、励ました。その仲間の中にたまたまジャグリングが得意なやつがいて、村の広場でそれを披露したところ、思いの外好評だったことがきっかけとなり、彼らは隠し芸大会さながらに芸の練習を開始した。コンビ漫才をしてみたり、腹話術をしてみたり、身体能力の高さを活かして雑技団まがいのこともしたらしい。彼らの努力の甲斐あって、村民達は徐々に家から出るようになった。そして今度は村民同士だけではなく、前線に出ている防衛部隊とももっと仲良くなろうという試みのもと、先の『ふれあい交流会』を週末に開催し始めたのだという。部隊のサイクロプス達は隔週交代で参加し、村民と共に飲み食いして交流を深めた。すると、村民もそれまで以上に部隊へ感謝の気持ちを持つようになり、サイクロプス達もまた、彼らのために、と一層職務に力が入る。それにより村の守りも固くなり、村内はより平和になったのである。


 僕が聞いてたのは上記の過程をほぼ省略させた形で、『村内を元気付けようと色々頑張った結果、以前のような活気を取り戻しつつある』ということのみだった。まぁ、それは間違いじゃないし、僕的には結果オーライではある。……あるんだけど。


「魔王様、隊長の虚偽の報告及び漏れに関してですが……」


 そう、問題はライオネルがそれを許すかってことなのだ。


「えー……っと、とりあえず、隊長とちょっと話そうか」


 僕的には問題無いからといって、何でもほいほいOKを出すわけにはいかないのである。けじめというものがある。ライオネルはそれを言いたいのだろう。それももちろんわかる。わかるけどさ。


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