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クラスの四割はどこかの世界を救いに行ってます。   作者: 宇部 松清
第1章 非日常的、日常生活
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 最初は保田隼人と古ヶ崎茜だった。


 ある日、真っ青な顔で登校してきた隼人に、僕はいつも通り「おはよう、隼人」と挨拶をした。すると隼人は心ここにあらず、といった表情で「あ、最上川もがみがわくん、おはよう」と言ったのだ。


 これは、おかしい。


 僕は隼人から「最上川くん」なんて呼ばれたことはない。

 いつもの隼人なら「ぅおーっすぅ、紀生(のりき)!」と、決して軽くはないボディタッチ付きで返ってくるはずなのだ。


「どうした、隼人?」


 僕が眉をしかめてそう言うと、隼人は両手で顔を覆ってしくしくと泣き始めた。


 これは、絶対におかしい。


 次第に異変に気付いたクラスメイトが集まって来て、僕ら2人を取り囲んだ。何だか僕が隼人を泣かせたような形になっており、大変気まずい。


「違うの、保田くんじゃないの」


 しっかり声変わりの完了した野太い声で、隼人がしゃくり上げながらそう言った時、「ぅおーっすぅ」という女子の口からはあまり聞きたくない類の挨拶と共に古ヶ崎が入って来た。そして彼女はやや興奮気味に言うのだ「おい、ちょっと聞いてくれよ!」と。


 ――察しの良い方はもうお気付きだろう。


 そう、保田隼人と古ヶ崎茜の人格が入れ替わってしまったのである。


 泣きじゃくる古ヶ崎に代わって隼人が説明したところによると、通学途中に偶然会った2人は、様々な話をしながら学校に向かって歩いていたのだという。そして、近道をしようと由利原公園内を歩き、10段ほどの石段を降りていた時、古ヶ崎が自分の足に躓いた。バランスを崩した彼女は咄嗟に隼人の腕をつかんだ。そこで彼がぐっと踏ん張って彼女を支えることが出来たなら、あるいは、道連れはごめんだとその手を振り払っていたなら、いまのような結果にはなっていないだろう。

 しかし、寝起きでぼぅっとしていた(普段はこうじゃないんだぜ! と隼人は声を大にした)彼は古ヶ崎の身体を支えきれず、仲良く石段を転げ落ちたのだった。とはいえ、たかが10段ほどの石段である。足を軽く擦りむいた程度で、それ以外に目立った外傷はなかった。


 ――はずだった。


 ごちん、という音がして、目から火花が散ったと隼人は言った。さらに、茜って結構石頭だぜぇ、と余計なことを言ってしまい、せっかく収まりかけた古ヶ崎の嗚咽が再度教室内に響き渡る。

 転げ落ちる過程で、どうやら、2人の頭がぶつかったらしいのだ。

 そして、その衝撃で入れ替わってしまった、と。


 ベタである。


 これ以上のベタな展開も無いだろう。次点は曲がり角でトーストをくわえた遅刻寸前の女子とぶつかる、だろうか。


 まぁ、経緯はともかくとして、2人の人格は入れ替わってしまったのだ。

 どうしたら元に戻れるのかとクラス中で案を出し合った結果、これまたベタな解決法で、もう一度頭をぶつけてみようということになった。目には目を、ベタにはベタを、というわけである。中にはいっそ学校の階段から突き落としてみようぜなどと過激なことを言い出すやつもいたが、もしものことがあったら大変だとそれは却下された。


 結果的に、頭同士を軽くぶつけるだけで人格は元に戻り、ことなきを得た。解決法もやはりベタだったのである。


 しかし厄介なのは、これが一度きりのものではなかったという点だ。体質というのか何なのか、隼人と古ヶ崎はそれからもちょっとしたはずみで人格が入れ替わるようになってしまったのだった。


 そしてこの人格入れ替わり事件の数日後、記念すべき第1回目のテロ事件が起こった。

 冒頭とほぼ同じ流れで、同じような恰好をしたテロリストがこの教室を占拠したのだ。何しろ僕らも初めてのことだったから、その時の混乱ぶりといったらすごかった。女子という女子は泣き出し、男子ですら漏らしたやつまでいた。担任の高階たかしな先生は勇敢にも僕らを守るような素振りを見せたが、威嚇射撃一発で撃沈した。だって、予告も無しにテレビの中でしか見られないような銃を突き付けられたのだ。無理もないだろう。まぁ、予告されたって結果は変わらなかっただろうが。


 僕? 僕は耐えましたよ、もちろん。いや、そういうことにしておいてください。


 そこでいきなり立ち上がったのは野球部の井波卓也だった。

 彼は野球部といっても万年補欠で、身体だって部員の中では一番小さい。せめてバスケ部の橋本が行けよ。僕は机の下でガタガタと震えながらそう思った。頭の上で激しい銃声が聞こえ、もうダメだと思った時、次に聞こえてきたのは意外にも井波の声だった。


「皆、もういいぜ」


 その声で恐る恐る顔を出すと、両手をパンパンと打ち鳴らして得意気に胸を張っている井波が、テロリスト達のミルフィーユの上に腰掛けていたのである。

 一体何が起こったのかわけがわからなかったが、とにかく、そのミルフィーユは井波が作ったものらしい。


「何か身体が勝手に動いたんだよな」


 ちなみに、彼はこれがきっかけで後日、可愛い彼女をゲットしている。


 テロリスト達はその数日後にもやって来て、その時は井波ではなく、写真部の真壁泰明が彼らをやっつけた。万年補欠とはいえ運動部所属の井波はともかく、真壁に至っては完全なる文化部で、しかも運動はからっきしときている。

 アイツに何が出来る! と真壁が立ち上がった時に誰もが思ったはずだ。しかし、一度経験しているとはいえ、まだテロは2回目で、まだまだ僕らも免疫がなく、「ちょっとタンマ」とは言えなかったのだ。恰好つけて二番煎じなんか狙うからだ。そんなことを考えながら、やはり机の下で丸まっていたわけだが、銃撃が止んだ後で顔を上げてみると、そこにいたのは無傷の真壁と積み上がったテロリスト達なのであった。



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