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クラスの四割はどこかの世界を救いに行ってます。   作者: 宇部 松清
第4章 霜男達の集落にて
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 僕の父――先代の魔王リヒトの代にも、もちろん勇者は存在した。

 どうやら勇者というのは魔王とセットになっているものらしい。陰と陽。黒と白。光があれば影がある。僕らは勇者がいるからこそ輝くのだ。それは勇者としても同様で、だったらお互いに倒しちゃったらまずいんじゃないかと思うのだが、そういうものでもないらしい。


 そして、勇者との最終決戦に備え、父はやはり僕のように各地のラグーンを回り、力の増幅に努めた。魔王の力というのは常に万全なわけではないのだ。大きな力を持ち続けるにはそれなりに体力を必要とするため、有事以外では各ラグーンに封印しているのである。さて、リヒト王が力を取り戻していく過程で、彼の身体は内外に様々な変化が見られた。


 まずは翼が大きくなった。それは広げれば山を1つ包み込めるほどの大きさだったといい、羽ばたき1つで巨大な竜巻を起こすことが出来たそうだ。この世界を数分で回り切れるほどのスピードで飛行することも可能だったらしい。


 次に目が5つに増えた。8つ目の彼女はそれがとてもうれしく、もう3つ増えないかなと思ったそうだ。同種族の彼女の友人も同様に願っていたらしく、学校でも複眼の魔族達は鼻が高かったとのこと。ちなみに、追加された3つの目にはそれぞれに特殊な機能があり、千里眼に読心、透視が出来たらしい。


 そして、元々2本だった尻尾は7本になった。もちろんただの尻尾ではなく、それぞれが獅子、虎、豹、猩々しょうじょう狒々ひひ、蛇、蟷螂かまきりの姿をしており、その尻尾一体だけでも敵う魔族はいなかったらしい。


 それから、腕も8本に増えた。この時は彼女だけではなく、蜘蛛族の大半が涙を流して喜んだらしい。しかし、リヒト王は、そのうちの1本を自ら切り落としてしまったのだった。驚くべきその理由とは――、


『命よりも大切な結婚指輪が抜けなかったから』だった。


 何でも、若い頃に一度その指輪を無くしてしまったことがあるらしく、その時は離婚問題にまで発展したらしい。そこで愛妻家でもあり恐妻家の一面をも持ち合わせているリヒト王は最終決戦の際に紛失してしまっては大変だと、指輪を外して王宮に置いていこうと考えた。しかし長年の不摂生によって少々肥えてしまっていた彼の指からは、どんなに頑張っても抜くことが出来なかったのである。困り果てた彼は、あと7本残っているから何とかなるだろうという浅はかな考えで、肘の下からばっさりと切り落としてしまったのだった。


 実際何とかなり、無事勇者を倒したリヒト王は国中の魔法医学者を呼び寄せ、切断してしまった手を元通りにくっつけようとした。しかし、切断方法がまずかった。ただの刃物でやればよかったのだが、魔力の充満した自身の手で切り落としてしまったのである。


「だって時間がかかるし、こっちの方が手っ取り早かったんだもん。勇者待たせるのも悪いしさー」と後に彼は述懐している。


 この世界にリヒト王以上の魔力の持ち主がいるわけもなく、修復することは叶わなかった。そこで長期保管出来るようにとミイラ化し、オブジェとしてデスクに飾っておいたのだという。


「え――……っと……」


 何やってんだ! 父さん! というのが正直な感想である。悪いしさー、じゃねぇよ! 石鹸使うとか、方法はいくらでもあったろ! 待たせとけ、そんなん!


 とにかく、魔族しか立ち入れない王宮の、さらに一部の魔族しか入ることが出来ない王の部屋にあるはずの先代王の御手については当然いまの勇者が知る由も無いだろうということで、それが半ば暗号のような機能を果たしているのだそうだ。何だよ、時計いらなかったじゃん。しかも、僕が『使い方がわからない』と言ったのも良かったらしい。


「これが自分の手であるということは、息子には口外せぬように」


 リヒト王は魔法医学者達にそう厳命し、故郷に戻った学者達はその地に住む魔族にそれを伝え、やがてそれは国中に浸透した。やはり理由が理由だけに息子に知られるのは恥ずかしかったのだろう。なので、もし仮に勇者がその手の存在を知り魔王の名を騙ろうとしても、逆に『知っている』ことが偽物である証明になるのだという。


「ちょっと待って、そしたら僕これ聞いちゃいけなかったんじゃ……」


 隠居の身とはいえ、先代魔王の命に背く形となってしまったのである。僕は大変なことをしてしまったと、恐る恐る彼女の顔を見た。しかし、ヴァヴァさんは顔色一つ変えていなかった。


「はい。ですが、いまの魔王様はリヒト様ではなく、紀生のりき様ですから」

「ま、まぁ、そうだけど……」

 しかし、指輪一つで離婚問題とは……。こちらの世界の母も沸点はなかなかに低いようだ。

 そして、そんな母のために我が身を切り落とすなんて……。魔族のやることはスケールがでかすぎる。さすがにあっちの父さんはそんなことしないよな。せいぜい宝咲歌劇団のDVDBOXと公演チケット、それから往復の旅費とホテル代にプラス小遣い程度だろう。いや、それもなかなかだけど。総額いくらだよ。


「魔王様、もうじきデティの森でございます」


 先導していたジャックフロストの長がくるりと振り返り、声を上げた。


          *


「魔王様ーっ!」

「魔王様ぁーっ!」


 ライオネルとコーナは叫びながら氷上を駆けた。時折ちらりと携帯を開き、電波をチェックする。

 ダメだ、ここも圏外だ。この視察に戻ったら基地局の増設を議題に上げよう。


「貴様、獣人だろう! 鼻は利かんのか!」

「利きますよ」

「ならば!」

「それほど遠く離れているということです。弱りましたね」

「くそっ、だれか姿を見たやつはいないのか!」


 コーナは軍靴のヒールで足元の氷の塊を踏み砕いた。その欠片はきらきらと光りながら散って行く。その中の一つがくるくると回りながら地面を滑り、背後に立っていた男の革靴にぶつかった。


「――見たよ」


 風に交じって聞こえたその声にコーナは振り向いた。そこにいたのは赤いマントに身を包んだ黒頭巾の男である。頭巾はすっぽりと頭から被るタイプで、目の周りだけが丸くくり抜かれている。


「貴様は誰だ」

「ウェンディゴ」

「ウェンディゴ……? 聞かぬ種族だな。フロージアの者ではないな?」

「そう。海を渡って来たんだ」

「まぁいい。貴様『見た』と言ったな。魔王様を見たんだな?」

「うん。見た」

「どちらへ向かったのだ」

「こっちだよ」


 そう言うとウェンディゴはコーナとライオネルの間をすたすたと通り抜け、「ついて来て」と言った。コーナは大人しくそれに従い、彼の後ろにつく。


 ――違う。

 ウェンディゴのはずがない。やつらは決して人前に姿を現さない。とすると、こいつは誰だ。


 ライオネルはコーナの腕をつかみ、目配せしてから先導するウェンディゴから距離をとらせ、警戒しながらその後についた。


「ウェンディゴと言ったな」

「うん」

「1人で海を渡ったのか」

「そうだよ」

「目的は何だ」

「ここに住もうかと思って」

「ここ? ――グリムス氷河にか」

「そうだよ。寒いところが好きなんだ」

「故郷も寒いのか」

「うん」

「移住するなら魔王様の許可が必要だ」

「そうなの?」

「私が推薦状を書いてやろうか」

「いいの? ゴンザーズ様の推薦があれば安心だ」

「――何だと?」

「ん?」

「いま何と言った」

「え?」

「私の名を知っているのか」

「もちろん。故郷でもゴンザーズ様のお名前は――」

「おかしいな。私は魔王様より新しい名を賜ったのだが」

「あぁ、つい慣れた方の名で呼んじゃった」

「私の新しい名を言ってみろ」

「忘れた」

「忘れたとな?」

「そう。忘れっぽいんだ」

「違うな。知らんのだ、人間は。そうだろう? ――勇者よ」

「勇者だと?」


 先導していた男の足がぴたりと止まる。彼はゆっくりと振り向きながら頭巾を取った。


 紀生と同じ、白い肌に漆黒の髪。目も鼻も眉の形までそっくりである。彼との違いは眼鏡をかけていないことと、ほんの少し背が低いこと。そして、


 ――その醜く歪んだ邪悪な唇。


「あはは。もうバレちゃった。さっすがゴンザーズだなぁ。有能な秘書サマ。それに引き換え、ゲジャナちゃんは単純で可愛いなぁ~」


 小馬鹿にするような物言いで、勇者は言った。安い挑発だ。こんなものに乗るのは――、


「愚弄するか、貴様ァっ!」


 ――やはりな。


 ライオネルは勇者に飛び掛かろうとするコーナの腕をつかんだ。


「せっかく仲間のトコ連れてってボコボコにしてやろうと思ったのに。ざ~んねんっ」


 勇者は無邪気な笑みを浮かべながら前をはだけ、腰にさしていた剣の柄を握った。


「でも、魔王を見たのは本当。見たって言うか、会った。あの意気地無し、アラクネを抱えて逃げたんだぜ」

「何っ?」

「俺見て逃げるなんてさ、おかしくない? しかもアラクネなんて雑魚抱えてさ。ほっときゃいいのに」


 コーナの腕からどんどん体温が失われていく。見ると、肌が完全に蛇のそれに変わっていた。鬣の真横で尾蛇達が蠢く。


「怖くなっちゃったかなぁ~? な~んか頼りなさそうなやつだったもんなぁ。ま、顔だけは俺にそっくりだったけどさ。いいの? あんなのが王でさ――」


 ペッと勢いよく吐き出され、勇者の頬をかすめたのは朧月夜の強酸性粘液である。

 もちろん、それは彼にとっては唾を吐きかけられた程度だ。その程度のダメージであり、その程度の――侮辱だ。


「……へぇ。やる? 俺と。お前らごときが俺の身体に傷付けられるとでも思ってんの?」


 勇者はへらへらと笑ってそう言うとゆっくりと鞘から剣を抜いた。


「少しは粘ってよね。魔王を殺る前にウォーミングアップしたいからさ」

「その言葉、そのままお前に返してやる」

「何?」

「おい、早いところ拭き取った方がいいんじゃないか? 我が朧月夜の粘液は強力だぞ」


 真っ赤な目を細めニヤリと笑いながら、コーナは勇者の頬を指差した。その言葉で彼は自分の頬に触れる。生暖かくぬるりとした感触と共にピリっと走った痛みに驚いて指先を見れば、そこに付着していたのは真っ赤な血である。


「何だと?」

「ただの魔族には、勇者や魔王様の身体に傷を付けることは出来ない。『ただの』魔族にはな」


 金色の雷を纏ったライオネルは喉の奥でぐるる……と唸った。


「――狩られるのは、貴様の方だ」



          *


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