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「忍者め! 姑息な真似を!」
ライオネルは13体めの丸太人形を腹立ちまぎれに蹴り上げた。
確かに雷は忍者の身体を捕えていた。手応えもあったし、声も聞いた。しかし、この場に残っているのは黒焦げになった13体の丸太人形である。とにかくすばしこいやつらのことである、ほんの少しかすっただけでうまく逃げおおせたのだろう。
「コーナは無事魔王様をお護りしているだろうな」
もう一発だけ蹴り上げてから、コーナの匂いを辿り、ライオネルは歩き出した。
「コーナ、コーナはいるか」
トロル達の罠を避けながらコーナの名を呼ぶ。しばらくそうして歩いていると、前方に2つの人影が見えた。
コーナと魔王様だろうか……。いや、魔王様にしては大きすぎる。
「コーナ、その者は誰だ。魔王様はどこだ」
数メートル手前からそう声をかけると、その声に気付いたコーナが真っ赤な目を見開き恐ろしい形相で走り寄ってくる。右手を彼の喉笛目掛けて真っ直ぐに伸ばし、尾蛇達もそれに続いた。
「何のつもりです、コーナ」
「ライオネル、貴様ァっ! 忍者を取り逃したなっ!」
怒りに任せたコーナの攻撃はあっさりと交わされてしまう。しかし、彼女は諦めずなおも執拗に彼の喉を狙った。尾蛇達は彼の鬣を毟り切ってやろうと必死に首を伸ばしている。
「……面目ない」
「貴様のせいで魔王様がっ!」
「何、魔王様が?」
「拐われた! あの忍者に! あいつの仲間だ! 許せん!」
そう言ってコーナは数メートル先で腰を抜かしている戦士を指差した。「1匹は仕留めた。後はあいつだけだ。八つ裂きにしてくれる!」
「お待ちなさい、コーナ。今回は確かに私の過失ですが、あの者は放っておきなさい。時間の無駄です」
「しかし!」
「遅かれ早かれ他の者達がやるでしょう。それよりも魔王様をお探しせねば」
「ぐっ……!」
「それに、我々ばかりがクロナを稼いでどうします」
「……ふん!」
コーナはまだ気が収まらないようで手近にあった大木を蹴り上げようとした。しかし、彼女は気付く。これらの大木には命が宿っていることに。
「……すまん、ドライアド」
構えていた足を下ろし、大木に向かって頭を下げる。ごつごつとした幹に美しい女性の顔が浮かび上がった。
「良いのですコーナ様。多少蹴られたとて、私はびくとも致しませんわ」
「そんなわけにも行かぬ。何もしていない弱者をいたずらに蹴るなど、師団の名が傷付く」
そう言ってコーナはすっかり姿を現した小さな女性の頭を撫でた。緑色の美しい髪を持つ彼女は樹木に宿る妖精である。1本の木に対して1匹ずつ宿っており、個々の名は無い。
「ドライアド、魔王様がどちらへ連れ去られたかわかるか」
ライオネルはコーナに髪を撫でられているドライアドのもとへ進み出た。
「魔王様……? この森にいらっしゃったのですか?」
「コーナと行動していたのだが、人間に連れ去られてしまったのだ」
「まぁ! そういえば先ほど、黒装束の人間が天鵞絨のマントに包まれた大きなものを抱えてあちらへ……。あれがもしかして……」
「間違いない! 魔王様だ!」
ドライアドの言葉でコーナは彼女が指差した方を見た。「ライオネル、行くぞ」
「お待ちください、コーナ様」
「何だ」
「その黒装束の人間はハーピーが始末致しました。魔王様はアラクネが」
「でかした! して、アラクネはどこへ?」
「それが恐らく、彼女も魔王様のご尊顔を存じ上げないようで、いずこかへ連れ去ってしまいました」
「何だと? 魔王様は紋章入りの懐中時計をお持ちのはずだが……」
「忘れているのかもしれない。一刻も早くお探しせねば!」
ライオネルとコーナは戦闘形態へと変化し、風のように森の中を駆けた。連れ去ったのがアラクネで良かったと思った。あれは忍者に比べれば移動のスピードがかなり落ちるし、図体もでかいので見つけやすいだろう。
「ライオネル! なぜ携帯を使わない!」
「愚か者め。ここは圏外です」
「使えんな、全く!」
「しかし、こういうこともあろうかと、密かに発信機をつけておりました。……どうやらグリムス氷河にいるようですね」
「貴様、いつの間に……」
「フラグ、というやつですか。何となく、こういうことになるような気がしたのです」
「ふら……ぐ……? 何だ、それは」
「私にも詳しくはわかりませんが。とにかく、参りましょう」
「あぁ、そうだな」
2人はまた風のように駆け出した。




