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クラスの四割はどこかの世界を救いに行ってます。   作者: 宇部 松清
第3章 それ行け凹凸凸視察団! ~フラグ回収祭~
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「魔王様、はぐれないでくださいね」

「大丈夫。ちゃんと後ろついてくから」

「それから、懐中時計は決して落とさ――」「ストップ!」


 僕はライオネルの口の前に人差し指を突き出した。「それ以上は言うな」「はい?」


「そういうのは言うとその通りになっちゃうもんなんだよ。フラグってやつ」

「フラグ……ですか……?」

「いや、いいんだ。こっちのこと。ちゃんと胸ポケットに入ってるから大丈夫。――行こうか」


 僕らはライオネルを先頭に森の中を歩いた。コーナはしっかりと僕に腕を絡ませてくれる。これならはぐれないです、とか言いながら。本心なんだろうけど、彼女はただ単に僕とくっついていたいだけなのだ。


 鬱蒼とした森の中を歩いていると、時折、そこは踏まないようにだとか、身を低くなどの指示が飛んで来る。特に反発する理由も無いので、おとなしくそれに従う。どうやらトロル部隊の対勇者用罠がそこかしこに仕掛けられているのだそうだ。身体に傷を負わせることが出来ないため、捕えてフォヴスの首都アクレリ――つまり彼らのスタート地点に強制送還するのだという。罠にはまれば振出しに戻るだなんてなかなか精神的に来る攻撃である。発動した形跡のある罠の残骸にも何度か遭遇し、勇者にほんの少しだけ同情した。


 確かにこれなら『まだまだまだまだ』である。


「――食らえぇっ! フレア・テンペスト!」


 突如目の前が業火に包まれた。必要以上に燃え広がらないのはそれが魔法によって作り出された炎である証である。飛び散った火の粉が僕の頬をかすめる。「なっ、何っ? 熱っ!」


「魔王様、下がっていてください。どうやら隊長にご挨拶する前に人間共に見つかってしまったようです」


 ライオネルは一歩前に進み出た。コーナもまた腕を離し、僕を守るかのように背後に回った。


「勇者の仲間?」

「どうでしょうね。そこそこの魔法の使い手ですが――」


 そこで彼は首だけを僕へ向ける。「我々の敵ではございません」


 出会った時のような獰猛な顔付きに僕は身震いをした。大きな口からは鋭い牙が覗き、吐く息からは獣の生臭い匂いがする。彼の美しい鬣は金色の光を発しながら炎のように揺らめいていた。


「ライオネル、殺して構わんな?」


 低い声でそう問いかけるコーナはいつもとは別人である。七匹の尻尾蛇達も通常の倍の大きさになり、彼女を囲む。まるで千手観音のようだと思った。彼女の褐色の肌はびっしりと鱗に覆われ、細く華奢な腕の先には毒を含んだ鋭く長い爪がある。


「そうですね。無礼にも魔王様に狼藉を働いたのですから」


 口調はいつもと同じはずなのに、声に感情がこもっていない。淡々とした二人のやりとりにぞくりとした。そうだ、彼らは魔族なのだ。魔王に対してとびきりの忠誠を誓っている彼らが、僕を傷付けた――それがたとえ軽い火傷程度であっても――やつらを許すはずがないのだ。

 ライオネルはわずかに焦げた鬣をちらりと見やり、ふん、と鼻を鳴らすと大きく息を吸いこんだ。


「姿を現せぇっ! 卑怯者めがぁっ!」


 咆哮のようなその声は森全体に響き渡り、木々を揺らした。空気が震え、びりびりと身体がしびれる。鼓膜が破けなかったのは、僕が『魔王』だからだろうか。僕の身体もまた、ただの魔族には傷付けられないのだから。


 じゃり、という音がして、草むらから杖を握りしめた初老の男性とプレートアーマーを装備した恐らく女戦士(兜から長い髪が出ていたのと、背恰好でそう判断した。ゲームや漫画のような露出度の高いアーマーではなかった)が現れた。彼らは武器を構え、臨戦態勢に入っている。僕はコーナに促され、近くにあった大木の下へ移動した。


「貴様ら、勇者の仲間か? 勇者はどこだ」


 コーナはそう言いながらじりじりと彼らとの距離を縮めていく。魔法使いと思しき男性は彼女の気迫に圧倒されたのか、ほんの少し後退りした。そんな彼の前に女戦士が進み出る。「魔物に答える義理など無い!」


「ほぉ、威勢の良い小娘だ。どれ、かかってこい。お前の喉を切り裂いてやろう」


 あぁきっと、彼らは助からないだろう、と僕は思った。そして、出来ればその瞬間は見たくは無い、とも。しかし、僕は魔王だ。直視しないといけない。これからどんな惨劇が起ころうとも。


「喉を切り裂くだと? 返り討ちにしてくれるわぁっ!」


 女戦士はそう叫ぶとコーナに向かって駆け出した。その時点で魔法使いの方はライオネル担当になったらしく、「任せましたよ」と言うと、ゆっくりと彼の方へ歩き出した。


「でぇやぁぁぁぁっ!」


 コーナの数メートル手前で跳躍した彼女は両手で持った大剣を大きく振り被った。ダメだ、脇が隙だらけじゃないか。直視する覚悟は出来ていたはずなのに、身体はそれに反して瞼を閉じさせ、凄惨なシーンから僕を遠ざける。目を閉じるその直前、僕の視界に映ったのは、耳の辺りまで大きく裂けた口でニヤリと笑ったコーナだった。


 せめて僕の瞬きが一瞬だったなら、魔王として哀れな女戦士の最期の瞬間を見届けることが出来ただろう。しかし、僕の瞼はそれを許してくれなかった。まるで『見たくない』という僕の本心を見透かしているかのように固く閉ざしてしまい、次に開かれた時にはすべてが終わっていたのである。


 頑強なプレートアーマーのゴルゲットは粉々に破壊され、そこから覗く彼女の白い喉はコーナの宣言通りにざっくりと切り裂かれて、大量の血液が迸っていた。地面に横たわる彼女の身体はピクピクと痙攣している。瀕死の状態だ。コーナの爪からは女戦士のものと思しき血が滴っている。あの魔法使いは回復魔法を修得しているのだろうか。早く解毒しないと。コーナの毒はいまの彼女に耐えられるような生易しいもんじゃない。い、いや、僕はどっちの味方なんだ。


「チスティ! く、くそぅっ! いま回復薬を……!」


 焦った様子で腰に括りつけてある革袋をまさぐる魔法使いを見て、僕はダメだと思った。あれほどの深手を負ったのだ。回復薬の一つや二つでどうにかなるものでもないし、まず最初に探すべきは解毒薬だろう!


 素人か! どうしてこの組み合わせで行動したんだ!


「あなたの相手は私では?」


 相手の反応を楽しむかのようにゆっくりゆっくりと歩いていたライオネルであったが、とうとう彼は魔法使いとの距離を三メートルにまで縮めていた。軽く首を傾げ、ほんの少し笑いをにじませた声で問いかける。それが逆に恐怖を煽ることを彼は熟知しているようだった。


「くっ! 回復は後だ! 持ちこたえてくれよ、チスティ! すぐに片付けてやる!」

「そんなにお急ぎでしたら、すぐに彼女のもとへ送って差し上げますよ」

「ぬかせぇぇっ! ライトニング・ショット!」


 胸の辺りで構えられた彼の杖から轟音と共に雷が迸り、ライオネルの胸を貫いた。


「ぐおあぁぁぁぁっ!」

「ライオネル!」


 さすがのライオネルも至近距離での魔法攻撃に身体がぐらつく。

 そんな、まさか、ライオネルがやられるなんて……! 


「ライオネルっ! お前が膝をついていいのは僕の前でだけだ! 人間にだなんて許さないぞ!」


 そんな言葉が自然につるりと口から出た。コーナは冷めた目でライオネルと魔法使いを見つめている。恐らく出るタイミングを計っているのだろう。

 僕のこの言葉で魔法使いは、目の前にいるのが捕えられていた哀れな同胞などではなく、魔物達の仲間、しかも彼よりも階級が上だということに気付いてしまった。


「お前が……魔王……か」


 そう言うと、魔法使いは目を見開き、口をぽっかりと開けて固まってしまった。しかし、すぐに我に返り、持っていた杖を強く握りしめる。


「ちょうどいい。ここで方を付けてや……!」


 その続きは彼の口から語られることはなかった。その代わりに真っ赤な鮮血が吐きだされる。彼の胴には大きな穴が開き、そこからライオネルの手の平が突き出ていた。大きく開かれたその手の平は不思議と彼の血で染まってはおらず、まるで金色の花が咲いたようである。


「がぁ……っ! な……っ」


 きっと、『なぜ』と言いたかったのだろう。魔法使いは目と口を大きく見開いたまま、絶命した。


「おや、失礼。うまく手加減出来ませんで」


 ライオネルは平然とそう言い放つと、ゆっくりと彼の身体から手を引き抜いた。それと同時に彼の身体はどさりと地面に倒れる。痙攣していた女戦士の身体はもうぴくりとも動かなくなっている。辺りにはおびただしい量の血が流れていた。


「ライオネル、遊び過ぎだ」

「その方が盛り上がると思ったんですがねぇ……」


 すっかり元の姿に戻った二人は談笑でもするかのようなテンションで会話を始める。僕の頭は混乱したままだ。魔法使いの攻撃に大ダメージを受けていたように見えたライオネルは、彼の着ている衣服も含め、傷一つ無いのである。


「ライオネル……大丈夫なの?」

「あぁ魔王様、申し訳ございません。私も久し振りの実戦で少々浮き足立ってしまいまして」

「てことは、アレ、演技?」

「もちろん」

「何だよぉ~。僕てっきり、ライオネルがやられちゃったかと思ったじゃんかぁ~……」


 僕はへなへなとその場にしゃがみ込んだ。さっきの恥ずかしい台詞をこの場にいる全員の記憶から消し去ってしまいたい……。


「申し訳ございません。どこからどう見てもかなり格下の相手だったものですから、せめて最期に少し花を持たせてやろうかと思いまして」

「何だよそれぇ。結構効いてる風だったじゃん~」

「まさか。あんな魔法ごときで私が魔王様以外の者に膝をつくとでも?」


「うっ……」やっぱり覚えていたのか。僕は顔に全身の血が集まってくるような感覚を覚えた。熱い。ひたすら熱い。とにかく熱い。めちゃくちゃ熱い。


「だいたい、雷を纏っている私に対して雷魔法を使うとは……。愚の骨頂です」

「ライオネルの金色のって雷だったの」

「おや、お気付きになりませんでしたか」

「知らないよ」


 つっけんどんにそう返すと、ライオネルは跪き、目線を合わせてきた。


「先ほどの魔王様のお言葉、深く染み入りました。このライオネル、魔王様以外の者には決してこの膝つかぬとお約束致しましょう」

「ふん。そんなのわからないじゃないか。やられちゃうかもしれないだろ」

「人間ごときにやられたりは致しません」

「勇者だったら? ライオネルにだって勇者は倒せないんだし、捕まって心臓でもざくざく刺されたらさすがに死ぬでしょ」

「魔王様は私に死んでほしいのですか」

「そういうわけじゃないけどさぁ」

「ご安心ください。たとえ勇者に捕まり、心臓をざくざく刺されたとしても、このライオネル、そう簡単には――」「ストップ! はい、それもダメー。死亡フラグ、回収されたらどうすんだよ」

「死亡フラグ……ですか?」

「いいのいいの、こっちのこと!」


 そう言って、僕は勢いよく立ち上がる。冷たい風が頬を撫で、汗で冷えた身体がぶるりと震えた。


「お話、終わって~?」


 その「て」の使い方は果たしてどうだろうか。コーナはつまらなそうに口を尖らせ、両手を後ろで組んで足元の石ころを蹴り飛ばしていた。絵に描いたような拗ねっぷりである。僕とライオネルがイチャイチャしていた(この表現は決して正しくはないんだけど、彼女にはそう見えているに違いない)のが面白くないのだ。それでもきちんと話が終わるまで待てるところが彼女の良いところだと思う。なのになぜ敬語は学んでこなかったのだろう。


 予期せぬ刺客達をあっさりと片付け、僕らはまた歩き始めた。彼らの死体はあそこに放置していても良いものかと思ったが、ライオネルは「問題ありません。あれを食料とする者もおりますので」とさらりと言ってのけた。死体を食べるってこと? 最悪だ……。


 さすがにそこは見たくないので、足早に立ち去ることにする。


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