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クラスの四割はどこかの世界を救いに行ってます。   作者: 宇部 松清
第3章 それ行け凹凸凸視察団! ~フラグ回収祭~
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 アキュランの町はキャヴィックからそう離れていないのだが、スナイ氷河の近くにあるためとにかく寒い。なので、防寒具の質がとても良い。僕はここで耳当て付きの帽子と手袋、そして肌着を新調した。氷河への遠征部隊用の防寒具はアキュラン製のものが最良である。東海岸にもホーフンというこれまた氷河の近くの村もあるのだが、運送費の方が高くついてしまうのだ。


「ライオネルとコーナは大丈夫なの?」


 買ったばかりの帽子と手袋を装着した僕は2人に問いかけた。

 ライオネルは立派な鬣があるので首回りは暖かいのだろうが、それ以外の毛はかなり短い。それにコーナは蛇なのだ。変温動物ってあんまり寒いと冬眠しちゃうんじゃなかったっけ?


「私共なら心配は無用です」


 ライオネルはさらりとそう言ってのける。


「そう? 何か寒そうだけどなぁ」

「私達は、ずぅーっとここで住んでるから、慣れてますのです」

「まぁ、そうだろうけどね」


 吐く息が徐々に白さを増してくる。日がだんだん落ちて来ているのだ。



 翌朝、宿から出ると、2頭の立派なグリフォンが僕らを待っていた。凛々しい鷲の目が僕を射抜くようにじっと見つめている。


「魔王様。この度は私共をご指名下さり恐悦至極にございます」


 あぁ、やっぱりしゃべるんだ。

 ライオネルは一人で乗り、僕は手綱を握るコーナの背中にしがみついた。


「エライヴァ山脈を超えまして、ヴォーグル、ヴェスト。途中、トール氷河を通過致しましてホーフン。グリムス氷河を通過致しまして、ネスカプ、最後にデティの森。このルートでよろしいでしょうか」


 先導するライオネルが後ろを振り返りながら確認してくる。

 やはりスティッキの森とオラフズについては先の児童虐殺事件による人間への恨みが根強いため、今回の視察では見送ることになった。幸い、その近辺にラグーンも存在していない。勇者を倒したらゆっくり行くことにしよう。


「いや、ヴェストの次に一度デティの森へ行こう。最後まで残しておいたらその隙に勇者が森を抜けちゃうかもしれないし」

「まさか。大丈夫ですよ。でも、魔王様がそう仰るのでしたら。――では、そのルートで」

「御意に」


 僕らを乗せた2頭のグリフォンは地を駆けるように空を飛んだ。


「うわぁ」

「魔王様、大丈夫か、です?」

「コーナ、『か』の位置が、違うよ!」

「え~? 大丈夫でかす?」

「おしいっ!」


 僕は修学旅行で行った、東京のスカイタワー最上階の眺めを思い出したが、安全な建物の中から見るのと、こうやって風を肌で感じながら見るのとでは怖さが桁違いである。スカイタワーの最上階よりも低めに飛んでいるはずなのに。僕はコーナの敬語を指摘して平静を取り戻そうとした。


「気持ちいい~」


 楽しそうに声を上げるコーナと、その背中にがっしりとしがみついて、下を見ない下を見ない、と言い聞かせながら目を固く瞑る僕。情けない。こんなんで魔王が務まるのだろうか。



 これまた特筆すべき点のないヴォーグルの村の視察と4つのラグーンを巡り終え、僕が空の散歩に慣れた頃、魔王一行は左手にフロージア・アイランド最大の火山ヘクラカトラ山を見た。ヘクラカトラという国名もこの山から取ったものであり、クロナの原料もこの火山から採掘される。


「あ! 魔王様ぁ! チェルフェですよ! おぉ~いっ!」


 コーナは身を乗り出してクロナの原料となるクロナマイタルを発掘している岩男達に手を振った。岩で出来た彼らの身体はところどころにかすかに発光する赤い筋がある。どこかで見たことがあるぞ、と僕は思った。彼らは大きく手を振るコーナの姿を見つけると作業の手を止め、手を振り返してくれた。そのうちの一人がコーナの影で背中を丸めている僕を見つけ、手を振り続けている同僚と思しきやつを小突く。彼は(恐らく)ムッとした表情をしていたが、小突いたやつから何やら耳打ちされ、慌てて直立不動の姿勢をとった。

 あらら、バレちゃった。僕は、軽く会釈をして控えめに手を振った。コーナのように大きく振ったらバランスを崩してしまいそうだったからである。


 チェルフェと呼ばれた岩男達を見送って、しばらくしてから僕は「あぁ!」と声を上げた。思い出した。昔テレビで見たどこかの火山のマグマだ。僕はマグマというのはとにかく真っ赤なものだと思っていた。しかし、テレビで見たそれは確かに赤い色をしていたのだが、どす黒い部分も多々あった。その赤い部分はまるで生きているように発光し、うねうねと蠢きながら山肌を滑り落ちていく。その赤と黒が交ざり合った状態に彼らはよく似ていたのだ。


「どうしたですかぁ、魔王様?」

「いや、さっきのチェルフェ……だっけ。彼らの身体って、岩と……」

「炎ですよ。あそこで仕事出来るのは彼らしかいないから、ですねぇ」

「……だろうね」


 彼らには求められても抱擁は無理かな、と僕は思った。


 熱い火山を通過すると途端に冷たい風が吹いてくる。眼前に広がるのはトール氷河である。全く、この狭い島に随分と色んなものが詰め込まれているもんだと感心してしまう。


 その昔、人間達がこのフロージア・アイランドに辿り付いた際、(たぶん)善良な先住民である魔族達は、か弱き人間達に北側の住みやすい土地を分け与えた。魔族の中には先のチェルフェのように火山で生活出来る(というかそこしか住めない)者もいるし、氷河に住む者もいる。小さな山くらいであれば散歩コースにしちゃうくらいの巨人もいるし、翼を持つ者も多いので、険しい山や森があったって大した問題じゃない。なので、小規模の山脈が二つしかないフォヴスに対して、ヘクラカトラには三つの山脈と一つの火山、それから四つの氷河と二つの森がある。それらは人間から魔族を守る天然要塞の役割をはたしていた。


 この氷河を抜ければデティの森である。いまも勇者達とトロル部隊の攻防は続いているはずだ。


「魔王様、デティの森で降りられますか。それとも上空から見るだけに致しましょうか」


 グリフォンが首だけを僕の方へ向けて尋ねて来る。それに合わせてコーナも僕を見た。


「そうだなぁ。リウナス隊長にも挨拶したいしなぁ。降りようかな」


 かしこまりました、と言って、僕らを乗せたグリフォンはピィーッと鳴いた。それに反応してライオネルを乗せたグリフォンがこちらを向き、頷く。あれだけで通じるのか、と僕は感心した。


 まもなく眼下の景色は真っ白の氷河から緑色の森林へと変わる。上空から見ると色彩の変化がとても美しい。


 二頭のグリフォンは森の入り口に着陸した。「我々はここでお戻りをお待ちしています」


「いいよ、待ってなくても。どれくらいかかるかわかんないしさ。どこかで休んでて」


 僕がそう言うと彼らは、しかし、と難色を示していた。けれど僕も譲らない。僕は人(人じゃないけど)を待たせるのが苦手なのだ。どうにも気になって落ち着かなくなってしまう。

 待ってなくていい、いえ待たせてください、という攻防の末、グリフォン達は諦めた様子で、かしこまりましたと折れた。


「では魔王様、お気を付けください。ライオネル様、ホーフンへ向かう際にはまたご連絡いただければ『すぐに』飛んで参りますので」


 『すぐに』をことさら強調して、彼らはいずこかへ飛び去って行った。それを見て僕はホッと安堵の息を漏らす。


「では、魔王様。参りましょう」

「隊長がどの辺にいるのかってわかるの?」

「もちろん。確認済みです」

「さすがだなぁ」


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