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クラスの四割はどこかの世界を救いに行ってます。   作者: 宇部 松清
第2章 金獅子、強敵に邂逅す
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「――で? そちらがお前のトコの秘書さんなわけだ」


 先週まで空席になっていた後ろの席の後藤龍一が紙パックのジュースを啜りながら、人間に変化したライオネルを舐め回すような視線で見つめる。彼は先週まで異世界の救世主として活躍していたそうだが、反乱軍との交戦が一段落したとのことで一時的に戻って来たのだった。明日から夏休みだから、たまには遊びたいのだろう。救世主様とはいっても、彼だってただの高校生なのだ。


「俺の見間違いかな」


 ズズズ、と音を立てて最後の一口を啜り上げると、龍一はパックを丁寧に折り畳む。「え――……っと、男って話じゃなかったか?」


 ぺったんこになったジュースの空容器を、食べ終えた菓子パンの袋と共にコンビニ袋に入れ、口を縛る。空気が入って紙風船のように膨らんだその袋を上から押さえつけると、ふわりと甘い香りがした。


「いや、男……だと思ってたんだけど……、僕も」


 魔王様の世界に行くのならこの姿ではまずいでしょう、と完璧な気遣いを見せたライオネルが変化したのは、どういうわけだか女性だった。

 年の頃は19、20といったところで、とびきりの美人である。あの鬣を彷彿とさせるような美しい金髪は長く、白磁のようなきめ細やかな肌に琥珀色の瞳。ファストファッションの店で適当に選んだペラペラの黒ワンピース姿であるにも関わらず、それがどこぞの有名ブランドのものに見えてしまうほどの気品と抜群のプロポーション。悔しいけれど僕より身長は高く、すらりと伸びた手足はさながらモデルのようである。ほどよく筋肉質な手足と比べて、胸とお尻に関しては明らかに脂肪の量が多い。どうしてここは筋肉にならなかったのだろうか。


「私がいつ男だと申し上げました?」


 当の本人はさらりとそう言ってのける。


「いや、だってさぁ、鬣があるのは雄ライオンだけだし! それに、服装とか、声だって……!」

「そちらの世界の常識ではからないでいただきたいですね。私共の世界の獅子には雌でも鬣がありますし、というか、私の種族は雌雄同体なのです」

「雌雄同体……」

「つまり、男であり、女でもあるわけです。長らく男の姿でおりましたので、たまには、と」


 やっぱり男だったんじゃん! という台詞はぐっと飲み込んだ。


「まぁいいや。じゃ、女の時は『ライオネル』じゃない方がいいな」

「なぜですか。せっかく魔王様からいただいた名前ですのに」

「僕が混乱するからだよ。女性に『ライオネル』は無いだろ」


 そう言うと、僕は食べかけの焼きそばパンにかぶりついた。ライオン、ライオネル、ライ、オ、ネル……。


「イオーネ、だな」

「かしこまりました。有難く頂戴致します。我が名はイオーネ」


 ライオネル改めイオーネは、僕の前に跪き、頭を下げた。単純にライオネルから取っただけだというのに、この有難がりようは何なんだ。


 この光景にクラス中がざわめく。冴えないネクラ眼鏡が金髪美女に跪かれているのだ、無理もないだろう。日常的にテロリスト集団が襲撃するような非日常的空間でも、これは奇異に映るらしい。だいたい僕が異世界の魔王だなんていうのもあまり信じてもらえていなかったのである。


 どうせ下っ端の雑魚敵でしょ。


 男子はともかく、女子はそう思っていたらしい。どうだ、お前らが束になっても勝てない美女が僕の秘書なんだぞ。口には決して出さないが、そんな思いも確かにある。

 もしここにコーナがいたら大変なことになっていただろう。連れて来なくて本当に良かった。


「イオーネ、目立つからそういうのはちょっと……」


 僕はイオーネの手を取り、ぐい、と引っ張って起立させた。彼――、じゃなかった、彼女はきょとんとした表情をしたが、すぐに状況を理解したらしく、深々と頭を下げた。


「申し訳ございません。魔王様に恥をかかせてしまいました。いかなる処罰をも受ける所存にございます」

「いや、だから、そういうのだってば!」

「重ね重ねご無礼を……」

「あーちょっとタンマタンマ」


 再度膝をつこうとしたイオーネを龍一が止めた。「話、進まなくね?」


「確かに。そうだよ、こんなことやってる場合じゃないんだ」


 そう、直接僕の家ではなく一度教室に寄ったのは、母を説得するにあたり、何かしらの作戦会議が必要なのではないかと思ったからだ。ライオ……イオーネの方では必要ありません、と自信満々だったのだが、あちらの常識をこちらに持ってこられても困る。


「一体、僕の母さんをどうやって説得するつもりなのか教えてよ」


 パラパラと人の減り始めた放課後の教室で、僕は龍一の席に肘をついて椅子の脚を軽く浮かせ、頬杖をついた。イオーネを侍らせる僕に羨望の眼差しを向けていた男子達は、教室を出るその最後の瞬間まで、彼女の姿を網膜に焼き付けんと凝視している。中にはお望み通りの異種族を肩に乗せているやつもいたのだが、それはそれ、これはこれらしい。自分のことが好きすぎて嫉妬深いのだと自慢していたはずだが、この様子だと後でこってり絞られるだろう。


「はい。色々と考えたのですが、やはり、魔王様のご母堂様とあらば下手な小細工などはせず、正々堂々と行った方がよろしいかと思いまして」


 そう言って、イオーネは黒い革のバッグから、冊子状の書類の束と眼鏡を取り出した。冊子の方は余分に刷ってあったようで、それを僕と龍一に差し出す。そして、秘書度が桁違いにアップする銀縁眼鏡を装着し、プレゼンテーションが始まった。



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