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クラスの四割はどこかの世界を救いに行ってます。   作者: 宇部 松清
第1章 非日常的、日常生活
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1

「いまは昔、小野篁といふ人おはしけり。嵯峨の帝の御時に、内裏に札を立てたりけるに、無悪善と書きたりけり――」


 退屈な古典の授業中である。

 かなり禿げ上がった定年間近の担任教師が、教科書を片手に本文を読み上げながら机と机の間をゆっくりと歩いていく。

 誰も聞いちゃいないだろう。

 彼の声がボソボソとしていて聞き取りにくいから、ではない。

 授業なんてつまらないから、というのもいささか語弊がある。

 では、一体なぜか――?

 その答えは間もなく訪れる。


 まずは、遠くで何かが割れる音。

 次いで、確実に大人数とわかる靴音。

 そして、ノックも何もなく、乱暴に開けられる扉。


「全員動くなぁッ!」


 その言葉と共に向けられるのは、AK―47ライフルってやつらしい。

 彼らは二手に分かれて教室の前後のドアから侵入し、のんきに授業を受けていた僕ら18人をぐるりと取り囲む。


 さて、ここで問題です。

 あなたのクラスは名も知らぬ武装テロリスト集団によって占拠されてしまいました。あなたが無事生き残るためにすることとは何でしょう。次の3つから選びなさい。


 A、神様に祈る。

 B、夢だと思って寝る。

 C、救世主が現れるのを待つ。


 こんな辺鄙な片田舎の私立高校の、特に将来有望そうでもない男女18人が撃ち殺されたところで、神様的には痛くもかゆくもないだろう。よって、【A】は不正解。それに、この状況で教科書を枕に寝るなんて、数ヶ所の風穴と共に永遠の眠りへ直行コースである。というわけで【B】もアウト。とすると、残るのは【C】。


 ――つまり、答えは【C】なのである。


 僕はテロリストを刺激しないように、込み上げてきた欠伸をかみ殺しながら教室内をぐるりと見渡した。見ると、数人が同じ行動をとっていてちょっと笑える。いや、目の前にいるテロリストの皆さんは真剣なのだ。くすりとでも笑ったら、僕の鼻の穴がもう1つ増えるだろう。


 しかし、今回は誰だ? よくもまぁ、飽きもせず。井波か? 真壁か? 

 僕が経験から当たりをつけていると、前から2列目の席に座っていた三ツ橋杏子が立ち上がった。

 テロリスト達は予期せぬ事態にびくりと身体を震わせ、一斉に銃口を三ツ橋へ向けた。


「げっ、委員長かよ。こりゃまた大穴だったな……」


 思わずこぼれた僕の声を聞きつけたテロリストの1人が、三ツ橋に向けていた銃口をこちらへ向けてくる。

 うわー、やっちゃった。まずいことになったかなぁ。あんまり目立つのは嫌なんだけど。

 僕に銃口を向けているテロリストが、隣に立っているやつに顎で合図をする。すると彼は無言で頷き、ゆっくりと歩き始めた。恐らく、僕のところへ来るのだろう。


 彼が三ツ橋の横を通過したその時だった。

 彼は何かに躓き、よろけた。

 ライフルを構えていた手を離し、その手を三ツ橋の右隣の八幡航平の机について、彼は転ぶのを免れた。

 張りつめた空気の中、ふぅ、と小さな息が漏れ、僕は、テロリストでもこんなことで冷や汗をかいたりするもんなんだなぁ、などと考える。

 体勢を立て直した彼は、自分の失態を誤魔化すかのようにまたライフルを構えて左右を確認してから、自分に恥をかかせた犯人――誰かの荷物ないしは悪意を持って差し出された足を探すべく、視線と銃口を下に向けた。


 次の瞬間、彼の身体はどさりと床に倒れた。

 彼と入れ違うようにしてその場に立っているのは、先ほどから起立している三ツ橋杏子と、もう1人。彼女の左隣の席の引田千晴である。しかし、やったのは三ツ橋の方だった。直立不動の姿勢のまま、手刀を胸の辺りで構えている。

 テロリスト達は明らかに狼狽えていて、彼らの国の言葉で何やら騒ぎ始めた。最初に動くなと言ったのは日本語が堪能なやつなのか、はたまた日本人が紛れているのか……? テロリスト達は一様にサングラスで目元を、三角に折ったバンダナで口元を隠しているため、日本人がいるのかいないのかなどは判別がつかないのである。

 やがてしびれを切らした1人が、何やらウニャウニャと叫びながら、先程からずっと起立したままの三ツ橋と引田に銃口を突き付けた。その銃口は、どちらから撃とうかと迷っているように三ツ橋と引田の間を何度も往復し、ターゲットは定まらない。僕にはその動きが、ど・れ・に・し・よ・う・か・な、に見えて仕方がなかった。


 か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り。


 果たして神様は三ツ橋と引田のどちらを選ぶのだろう。


 答えは――――『どちらも選ばない』でした!


 銃口が何度めかの往復をして引田の前で止まった時、彼女は正に目にも止まらぬ早さで自分の机の上に立ち、その勢いのままくるりと宙返りをする。僕は不意に見えた彼女の下着に心の中で手を合わせた。

 バックに小さなリボンと控えめなレースが付いていて、やや内気な性格である彼女らしいキャラを裏切らないチョイスだと思う。どうもご馳走様です。

 彼女は何も、眩しく光るその白い下着を男子生徒に見せつけたかったわけではない。もちろん、テロリスト達にも、だ。

 ひらりと舞った彼女の足は、呆気にとられている目の前のテロリストの顎を強かに蹴り上げていたのである。それを合図に僕らは机の下に潜り込んだ。案の定、それをきっかけに激しい銃撃が始まる。

 あぁ、2人の可憐な(それは言いすぎだけど)女子生徒は蜂の巣になってしまったのだろうか……。

 僕は、興が乗ってついそんなことを考えてしまってから、「まぁ、そんなわけないか」と、机からひょっこり顔を出す。


 銃撃はあっという間に止んでいて、僕の目の前には、幾重にも積み重なったテロリストのミルフィーユと、教卓の上でポーズを決める三ツ橋と引田の姿があった。


「この教室の平和はぁっ!」

「……わ……わ……たし達が……守る」


 腰に左手を当てて、人差し指をぴんと立てた右手を高々と上げる三ツ橋と、その隣にしゃがみ込み、右手の人差し指と親指で作った銃を構える引田。引田の方にはまだ照れがある。顔が赤い。60点。まぁ、及第点でしょう、うん。


 何故僕らが真面目に授業を聞いていないのか。

 ――それは、こういうのが『日常』だからである。

 

 これは、そんなクラスに通う『僕』の物語である。


 こんな出だしではあるけれど、そんなに血生臭い部分は多くない。はず。まぁ、全体の10%くらいかな。それくらいは我慢してもらいたい。後は基本的に盛り上がるところも無く、のんびりとした、割と平和な内容だと思う。他のやつらはもっと血で血を洗うような、生きるか死ぬか、とか、手に汗握るぜ! 血がたぎるぜ! みたいな経験をしてるかもだから、そっちが良いって人はどうぞご自由にそちらの方へ。



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