漂流する少女は、ひとりぼっちから何になれる?
学校の屋上で、青春なんて始まらない。
屋上で繰り広げられる青春は、ティーン向けのキラキラ少女漫画に登場するだけだ。
高校の屋上で、寝転がって少女漫画を読んでいた私はそう思った。スマートフォンで時間を確認すると、午前11時を少し過ぎたところだった。今はちょうど午前の最後の授業の真っ最中だ。
私はほとんど授業に出ない。気まぐれを起こしたとき、ふらりと教室に入って授業を受ける。それ以外の時間は、屋上で気ままに本を読んで過ごす。朝から雨が降っているときは、家から出ずに、自室にこもって本を読む。父は忙しくて、何も言ってこない。先生も特に何もしてこない。私の通う高校は、問題児ばかりが集まっていて、私みたいな人畜無害な生徒にかまっている暇はないからだ。要するに私が通う高校は、「中学3年生時点で、素行・学力・家庭環境などが最低水準の生徒の最終受け皿」的な高校なのだ。
通称「掃き溜め高校」だ。
どんなに勉強が嫌いな中学3年生でも、「あの高校には入りたくない」といって勉強し始めるくらいだ。おまけに、学校近くにあったコンビニは、生徒の万引きがあまりにも多くてつぶれたらしい。本当かわからないけど。
とにかく、この高校は「誰にも期待されていない」子どもたちの集まりだ。ここの生徒というだけで、落伍者という烙印を押されるのだ。
遠くからチャイムの音がした。昼休みが始まる。いつの間にか眠ってしまっていたようで、体を起こそうとした。しかし、
「おーい、熱中症になるぞ」
目の前に、痩せぎすの男子高校生が現れた。
「えっ、誰?」
「同じクラスだよ、美月さんと」
名前を呼ばれて記憶をたどってみたが、一致する男子生徒がいない。
「真野祐介。覚えてないだろうね」
真野は当たり前のように私の隣に腰を下ろし、菓子パンの袋を開けてもしゃもしゃと食べ始めた。
「覚えてるの、私のこと」
「覚えてるさ、俺の前の席だろ。まだ出席番号順の席だし」
知らなかった。前後の席などまったく気にしていなかった。確かに、「まのゆうすけ」と「みづきさあや」なら出席番号は近い。ごめん、真野。眼中に入ってなかった。
「昼飯、食わねえの」
「食べるよ」
私は大体教室に寄らず直接屋上に来るので、スクールバッグを屋上に持ってきている。授業を受けに来ているわけではないから、中身は財布と定期、スマートフォンと充電器、櫛と音楽プレーヤー、そしてお弁当くらいしか入っていない。私はお弁当を取り出し、真野の隣でふたを開けた。丸いタッパーが三つあり、一つには卵焼きと唐揚げが、二つ目にはトマトやレタスなどの野菜、三つ目にはふりかけがかかったご飯が入っている。
「うまそうだな」
食べたそうな目でこっちを見てくる。真野は見た限りでは、さっき食べていた菓子パンしか食料をもっていない。
「卵焼きと、唐揚げ一個ずつくらいならあげるよ。どーせいっつも余しちゃうから」
「マジ? もらっていいの?」
「どーぞ」
私はタッパーのふたを裏返して皿代わりにして、真野に差し出す。真野は目にも止まらぬ速さで、手づかみであっという間に食べた。
「うまい! 美月の母ちゃん、料理上手だな」
「唐揚げは冷凍ものだよ。てか、うちお母さんいないから、お父さんが作ってる」
「へえー、すごいな! 俺んちは逆で、父ちゃんがいないんだよね」
まるで世間話をするような口調で、家庭の事情をさらりと言う。
真野君は痩せている。スリムというよりは、スキニーと言ったほうが適切かもしれない。骨と皮しかないんじゃないか、と服を着ている姿から思ってしまう。今にも風に吹かれて飛んでいくのではないか、と心配になる。
「美月って本読むの?」
「結構読むね」
「何系?」
「うーん・・・・・・面白そうならなんでもかなあ」
「へえー、すげえな。俺んちに本なんてほとんどないんだよね」
真野は近くにあった私の少女漫画をパラパラめくった。
「貸そうか?」
「いいの? でも、ここで美月と読んだほうが楽しそうだな。
なあ、美月。これからもここに来てもいいか?」
「いいよ。一人にも飽きてきたし」
かっこつけて言ってみたが、本当は少し寂しかった。面白い本を見つけても、それを共有しあう仲間がいないからだ。
「そろそろ昼休み終わるな。じゃあな」
真野は軽く手を振って屋上から去った。私は真野が来るまで読んでいたマンガの続きを読み始めた。
「屋上で青春、始まったら面白いな」
ぼそりとひとりごちた。初夏の午後、遠くで、午後の授業開始のチャイムが響いている。




