揺れる心
頭から血を流して倒れているディアナを見つけた時、心臓が凍るような恐怖を味わった。
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「遅いな。」
「ディアナですか?」
何が、とは言っていないのにすぐに返事をしたところをみると、アルフォンスも同じことを思っていたらしい。
「今まで遅刻したことなんてないですよね。急に具合でも悪くなったんでしょうか?」
「わからん。だが、念のため様子を見に行こう。ここ最近、特にディアナの周りを嗅ぎまわっている奴もいるしな。」
侯爵が、金髪に青い瞳の侍女について、自らの部下を使って調べているのは知っていた。そこで、アルフォンスに頼んで、ディアナの素性がばれないように工作をしてもらっていた。だがそれも長くは持たない。ディアナが5年前の事件の生き残りであることは、そう遠くないうちに露見してしまうだろう。
ーーガシャーン!!
廊下に出た瞬間に響いた何かが割れる音に、アルフォンスと顔を見合わせる。
「こっちです!」
アルフォンスと共に、音がしたほうへ駆け出す。普段人があまり通らない、裏庭へと向かう通路に入った途端ーー
「ディアナ!!」
2人が目にしたのは、頭から血を流して倒れている少女の姿だった。
「ディアナ!おい、しっかりしろ!ディアナ!」
ディアナを抱き起こすと、着ている侍女の制服が濡れていた。辺りを見回すと、ガラスの破片が散乱していた。
「殿下、これを。」
アルフォンスが差し出したガラスの破片には、一つの紋章。
「ベルクヴァイン侯爵か…」
「いえ、侯爵ならこのような乱暴な手段は用いないでしょう。これはおそらく、マリアンネ侯爵令嬢の仕業かと。令嬢は、殿下に近しい者が気に入らないようですから。王太子妃の座を望んでいる以上、殿下の近くにいる女性を邪魔に思ったのでしょう。」
「その話は後だ。とりあえず、ディアナを医務室へ連れて行く。」
そう言って、ジークフリードはディアナを医務室に運んだのだった。
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医務室を出たジークフリードは、自分の気持ちを持て余していた。
ーーなぜ俺はあの時彼女をシャルロッテと呼んだのか。
ディアナは夢を見ていたのだろう。「お父様、お母様」と呼ぶ声はあまりにも穏やかで、まるでそのまま自分も2人のもとへ行ってしまうかのようで。気がついたら、必死に彼女を繋ぎとめようとしていた。
「何をしているんだ、俺は…」
誰もいない廊下に、ジークフリードの呟きが飲み込まれていった。
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