密談と無自覚な心
ディアナがジークフリードのもとで仕事をするようになってから3カ月が過ぎた。ジークフリードは寛容な主だった。失敗しても怒らず、許してくれた。仕事が遅くなると、気遣ってくれたりもした。不思議な人だと思う。自然と他人を惹きつける魅力を持つ人だとも。確かに、この人が王になれば、良い国になるのではないか。そこまで考えて、ディアナはハッとした。私は何を考えているのだろう。私の目的は5年前の真実を知り両親の仇をうつこと。ただそれだけなのに。
仕事には慣れてきたが、いつまでたっても慣れないこともある。マリアンネとその取り巻きからの嫌がらせである。マリアンネは、ディアナが今までの侍女たちと違って、ジークフリードの執務室で仕事をし、なおかつ部屋まで近くにあることを知り、執拗な嫌がらせをしてくるのだ。足を引っ掛けられたり、水をかけられたりするのはまだかわいいほうで、ひどい時には、厨房に行っても食事がもらえなかったり、入浴中に置いておいた着替えがなくなっていたりもした。父親の権力を盾にやりたい放題である。みんなわかっているけど、侯爵に目をつけられるのが怖くて関わらない。所詮、王宮とはそういう場所なのだ。
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(遅くなってしまった…)
ディアナは廊下を急ぎ足で歩く。普段寝過ごすことなどないのに、なぜか今日は寝坊をしてしまった。しかも今日に限って、ジークフリードから執務室ではなく、図書室に来るように言われているのだ。このままだといつもの時間に間に合わなくなる。
「仕方ないか…」
王宮内は広く、中には滅多に人が通らないような場所もある。ジークフリードから、なるべくそういう場所は通らないように言われているものの、このままでは間違いなく遅刻だ。今日だけは仕方あるまいと思って、ディアナは裏庭のほうへ向かった。裏庭にはほとんど人が来ないが、そこを突っ切ると図書室への近道になる。
「…ではまだ確証はとれんのか。」
急いでいるディアナの耳に、低い声が聞こえた。びっくりして咄嗟に柱の陰に隠れ、声のほうを見ると、裏庭に人影が見えた。
ーーあれは…ベルクヴァイン侯爵…
人影は、ベルクヴァイン侯爵と、もう一人は知らない男であるが、話し方から侯爵の部下だろうと推察する。
「はい。金髪に青い瞳の侍女が殿下に付いているのは間違いないのですが、それが例の者かどうかは…」
「なるべく早く確かめろ。殿下の成人までもう間がない。」
「しかし、ハインミュラー家は5年前に滅びたのではないのですか?今更生き残りなど…」
「!!」
声が漏れそうになり、慌てて両手で口を覆う。心臓が早鐘のようにうちつけていた。
(どうして、ハインミュラー家のことを…)
「確かにな。あの時ハインミュラー家の者は全員死んだことになっている。だが、ハインミュラー夫妻の亡骸は見つかっているが、一人娘の亡骸は見つかっていない。崖から落ちたためだと報告を受けているが、万が一にも生きていたら厄介だ。必ず確かめろ。」
「仰せのままに。」
そう言って2人は去って行った。それから、自分がどこをどうやって歩いてきたのか覚えていない。
(ハインミュラー家のことを探っている…ベルクヴァイン侯爵は5年前の事件に関与している?)
聞いてしまったことの衝撃が大きくて、注意力が散漫になってしまっていた。突然頭に激痛が走って倒れる。
「…っ!!」
薄れゆく意識の中見たのは、自分の周りに散らばるガラスの破片。自分が濡れていることで、小さな花瓶を上から落とされたのだろうとぼんやり思う。自業自得だ。マリアンネたちに物を落とされたことは前にもあった。注意していれば避けられたのだ。
(図書室、行けなくなっちゃったな…)
意識を手放す直前に思ったことは、なぜかそんなことだった。
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