黒い瞳の思惑
「私に仕事を、でございますか?」
ジークフリードの言葉にディアナは困惑した。
マリアンネとの会話の後、図書室に急いでいたディアナは別の人に呼びとめられた。苛立ちが爆発しそうになるのをこらえて振り向くと、緑の髪と瞳を持つ青年がいた。アルフォンスと名乗ったその青年は、王太子の側近のようだった。
「殿下がお呼びです。」
そう言われたら断るわけにもいかず、いつも人を近づけないくせに、どうして今日に限って私を呼ぶのかとイライラしながら執務室に戻ったのだが…
「控えの間にいるのではなかったのか?」
そう問うてくるジークフリードに、
「申し訳ありません。」
とそっけなく謝る。
「まあ、良い。ところでひとつ話があるのだが…」
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「仕事、とはいったいなんでしょうか?」
ジークフリードの言葉に驚きながら、ディアナは聞き返した。
「なに、そんなに難しいことじゃないよ。ただ、私の執務中にお茶を入れたり、書類を整理したりするくらいの簡単な作業だ。わからないことは、そこにいるアルフォンスに聞けばいい。それから、お前の部屋は俺の部屋の近くになる。」
事も無げにそう言ったジークフリードに、ディアナの苛立ちは遂に爆発した。
「いい加減にしてください!今まで人と関わるのを徹底的に避けていたのに、いったいどういう風の吹き回しですか!私が殿下に害を為すとは思わないのですか!」
「…お前は俺の侍女だろう。怒られる理由がわからないんだが。」
言われてハッとした。確かにジークフリードの言っていることは間違っていない。
「…申し訳ありません。少し苛立っていました。ご命令、謹んで承ります。」
そう言って丁寧にお辞儀をすれば、
「よろしく頼むよ。」
と微笑まれた。
部屋を退出しようとした時、「そうそう。」とジークフリードは付け加えた。
「お前が俺に害を為そうとした時は…死をもって償ってもらう。」
そう言った声は、一瞬誰のものかわからないくらい冷たいもので、ディアナはただ「…失礼します。」と言ってその場を去ることしかできなかった。
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「おどかしすぎたかな?」
「そうですね。少々意地悪が過ぎたかと。」
ディアナをベルクヴァイン侯爵の目から隠すことは不可能ーーこれがジークフリードとアルフォンスの達した結論だった。王宮から離れても、侯爵が彼女を探している限りいずれは見つかってしまう。金髪に青い瞳の少女は珍しくなくても、その中で身元がはっきりしない者となれば、数は限られてくる。かといって王宮に置いても、必ず見つかる。どちらにせよ見つかるなら、目の届くところに置いたほうが良いということになったのだ。仕事を頼むのも、なるべく近くに置いて目を離さないようにするためである。
「彼女は、いつか真実を知るでしょう。」
アルフォンスはそう言った。
「そうだな。」
答えたジークフリードから、その感情を読み取ることはできなかった。
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