青い瞳の少女の願い
ベルクヴァイン侯爵が倒れると、それまで一騎打ちを見守っていた兵士たちが、口々にジークフリードの名を叫び始めた。
「ジークフリード殿下!!」
「王太子殿下万歳!!」
兵士たちは、長きにわたる圧政と腐敗が終わりを告げたことに、興奮していた。もともと、戦況は王太子派が有利であったが、侯爵を討ったことで、その勝利が確定した。誰もがそう信じて疑わなかった。それもそのはずである。敵兵は、殲滅したのだから。
だがもし、生きている敵がいたら?
思いもよらない危険が、迫りつつあった。
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ジークフリードは、ベルクヴァイン侯爵の亡骸を見下ろしていた。
ーー侯爵、俺はお前とは違う道を歩く。
これから、やらなければならないことは山積みである。新国王として即位し、国を立て直さなければならない。国内の問題への対処だけでなく、貿易交渉など、諸外国との関係も考えなければならない。ベルクヴァイン侯爵を討ったことですべてが終わったわけではなく、むしろようやくスタートラインに立ったに過ぎないのである。
それでもジークフリードは、今だけ少しぼーっとしていた。ようやくここまで来たのだという達成感や戦いの疲れもあったのだろう。兵士たちも大騒ぎをしていた、その時。
「殿下、覚悟ーーっ!!」
喜ぶ兵たちの中から、敵兵が1人飛び出してきた。敵は全員倒したと思っていたが、生き残りがいたのだ。敵はまっすぐにジークフリードのもとへ向かい、剣を突き出す。
ジークフリードは、完全に対応が遅れた。それでも自分の剣を拾おうとするが、怪我をしている肩が痛み、よろめいた。
「ーーっ!!」
敵の剣は、もう目の前にあった。
ーードスッ!!
ジークフリードに痛みはおそってこなかった。しかしジークフリードは、その朱色の瞳を大きく見開く。
ーー目の前を舞う金色の髪。
「ディアナ!!」
すぐ後ろの天幕にいたはずのディアナが、ジークフリードを庇って剣をうけたのである。
ゆっくりと倒れるディアナ。ジークフリードは、その身体を抱きとめ、今度こそ剣を拾って敵を切り捨てる。
「ディアナっ!ディアナっ!」
目を閉じているディアナを必死に抱きしめる。
「救護兵を!!」
ジークフリードは兵士たちに指示を出す。その時、ディアナはうっすらと目を開けた。綺麗な青空の瞳に、ジークフリードの顔が映る。
「殿下…無事でよかった…」
そう言って微笑んだディアナを見て、ジークフリードは顔を歪める。
「よくない!!こんな、お前が傷ついて…どうして出てきたんだ!!」
「嫌だったんです。もう自分が知らないところで、大切な人を失うのは…」
ディアナは天幕から見ていた。ジークフリードとベルクヴァイン侯爵の戦いを。そして、兵士たちが喜びにわいている時も、ずっと見ていたのだ。だから気づいた。倒したはずの敵がジークフリードめがけて走ってきたのを。
ーー圧倒的に不利な侯爵派が勝利する唯一の方法。それは、ジークフリードを殺すこと。
ベルクヴァイン侯爵が斃れた今、たとえジークフリードを殺しても、侯爵派が勝利するわけではない。しかし、王太子派も瓦解するのは事実。
「殿下…私は、ずっと殿下に助けてもらってばかりでした…だから、今度は私が助けたかった…」
「バカっ!俺はお前に、何もしてやれてない!お前に救われていたのは、俺のほうなのに…」
泣きそうなジークフリードを見て、ディアナはその頬に手をのばした。
「殿下…あなたは、この国に必要な方。だから…守れて…よ…かっ…た…」
「ディアナっ!!」
次第に声が消え入りそうになるディアナを、ジークフリードは強く、強く抱きしめた。
「ディアナっ!死ぬな!お前は、俺のつくる国を見るのだろう!」
必死に呼びかけるジークフリードの声を聞きながら、ディアナはゆっくりと瞳を閉じた。
ーーそう。殿下はこの国に必要な方。民を幸せに導ける方。だから、こんなところで失うわけにはいかない。
ーーいいや、違う。
本当はわかっていた。国のためとか、民のためとか、それは大切な理由だけど、でも自分にとっては建前に過ぎないのだ。
ーーただ、大切な人に、生きていてほしいから。
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