そして青空と夕焼けは交わる
ディアナが救出されてから、1ヶ月半が過ぎ、ジークフリードの成人の儀が無事に執り行われた。この間、ディアナは治療とリハビリに専念し、またジークフリードは成人の儀の準備に追われていたため、2人で話す時間はとれなかった。
ディアナは、かつては由緒ある家柄の令嬢であったが、今は一介の侍女に過ぎない。そのため、儀式に出席することは認められていなかった。
やがて、アルフォンスから儀式は無事に終わったが、この後は晩餐会が行われ、ジークフリードは遅くまで戻らないため、先に休んでいるようにという伝言があった。
ベルクヴァイン侯爵が何かしてくるのではないかと思っていたディアナは、儀式が滞りなく行われたことに安堵した。だが、先に休む気にはなれず、ジークフリードの部屋を掃除することにした。怪我のせいで、最近ジークフリードの部屋の掃除ができていなかった。もちろん、代わりに誰かがやっているだろうが、成人の儀という大きな節目を迎えたジークフリードのために、自分の手で、部屋をきれいにしたかったのである。
ジークフリードの部屋は、予想通りきちんと掃除されていたが、それでもディアナは、心をこめて部屋中を掃除した。
掃除が終わり一息ついた時、急に部屋が明るくなった。驚いて窓の外を見ると、きれいな満月が輝いていた。月を覆っていた雲が晴れたようだ。ディアナはバルコニーに出て、しばらく月を眺めた。
ジークフリードの侍女として仕えて半年。本当にいろんなことがあった。最初は、両親の仇を討つことだけを目的に生きていた。でも、今は違う。その先を見てみたいと思う。ジークフリードがどんな国をつくるのか、楽しみにしている。こんな感情は、半年前にはなかった。きっと、ジークフリードの影響だろう。
「ディアナ?」
後ろで声がして、ハッと振り返ると、そこにはジークフリードがいた。物思いにふけっていたため、人が来たことに気がつかなかった。しかし、今は…
「殿下…まだ晩餐会の途中では?」
「ああ。抜け出してきた。窮屈なのは苦手なんだ。」
そう言ったジークフリードを見て、思わず笑みがこぼれる。殿下らしいと思った。
ジークフリードは、ディアナの隣に来ると、空を見上げた。
「俺がお前に言ったことを覚えているか?」
空を見たまま、ジークフリードが問う。
ーー為すべきことが終わったら、俺の命をお前にやる。
そうジークフリードは言ったのだ。
「成人の儀を終えた俺は、王族としての権限を得た。これからは、正式に国の政治に関わる事もできる。」
ジークフリードはディアナを見た。もう黒で隠していない、赤い瞳がディアナをとらえる。
「俺は2ヶ月後、兵をあげる。ベルクヴァイン侯爵討伐の兵だ。俺に味方してくれる貴族もだいぶ増えた。厳しい戦いになるだろうが、この国から腐敗を一掃する好機だ。必ず勝つ。」
赤い瞳が、決意の炎を宿す。
「俺は、お前に幸せになってほしい。できるなら、俺がお前を幸せにしたい。だが、お前にとって、俺は仇だ。だから、お前の幸せが俺の死にあるのなら、約束通りお前に俺の命をやろう。国が落ち着いてからにはなってしまうが。」
ディアナはジークフリードを見上げる。
「殿下、もう瞳をお隠しになっていないのですね。」
唐突なディアナの言葉に、ジークフリードは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに頷いた。
「ああ。5年前の事件の後、俺は自分の赤い瞳が血の色に見えるようになった。俺のせいで、傷ついた人々の。それで怖くなって、隠したんだ。だけど、逃げるのはもうやめる。俺は、全部を背負って、前に進むと決めたから。」
そう言ったジークフリードの瞳は真剣だった。
ーーそう、私も前に進まなければ。
「殿下、私は牢に囚われた時に5年前の真実を聞きました。」
静かな声でそう言ったディアナを、ジークフリードは表情を変えずに見つめた。
「殿下は両親の仇ではなかった。それなのに、なぜ私にご自分が仇だと言ったのですか?」
「俺が軽率だったために、ハインミュラー公爵夫妻を死なせてしまったことは事実だ。たとえ直接手を下していなくても、間接的には、俺が殺してしまった。」
赤い瞳が揺れる。優しい人。ずっと苦しみに耐えてきたのだろう。
「殿下、お命を狙っておきながら今更とお思いになるでしょうが、私は、もう殿下を殺したいとは思いません。」
赤い瞳と青い瞳がぶつかる。
「許されるのなら、私は見てみたい。民を思うあなたが、どんな国をつくるのか。これから先もずっと、あなたの側で。」
赤い瞳が大きく見開かれる。
「俺は…この先もお前に側にいてほしいと、望んでもいいのか?」
かすれた声で尋ねたジークフリードに向かって、ディアナは微笑んだ。
「はい。」
そう答えた瞬間、ディアナはジークフリードに抱きしめられた。
「約束する。俺は、ハインミュラー公爵が守ろうとした民を守ってみせる。皆が幸せに暮らせる国をつくると、お前に誓う。」
「はい。私は、殿下を信じています。」
「ありがとう、ありがとう、ディアナ。」
ジークフリードの腕の中で、ディアナは赤い瞳を見上げた。
「私は、殿下の瞳が好きです。」
ジークフリードが驚いた顔をする。
「綺麗な夕焼けの色。」
すると、ジークフリードの顔が泣きそうに歪んだ。
「…お前の瞳は、澄んだ青空の色だな。」
しばらくして、そう答えたジークフリードの表情は、泣きそうだったけれども、苦しそうではなかった。
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