あの日あなたがそう教えてくれたから
ディアナは、ハッとした。頭に響いたのはジークフリードの言葉。あの夜、ジークフリードの部屋に行った時の。
「この国を…ここに暮らす民を守らなければならない。」
混乱した頭に、あの時のジークフリードの言葉が響く。その瞬間、ディアナの心が叫んだ。
ーー違う。力がすべてなんて間違っている!
ディアナは顔をあげた。
「…確かに、あなたの言う通り、力がなければ何もできない。」
ディアナの言葉に、侯爵は満足そうに頷く。
「お前も理解したか。ならば…」
そう言いかけた侯爵を、ディアナは「でも」と遮った。
「殿下はあの時、この国と民を守るとおっしゃった。」
「だからなんだというのだ?あの小僧は、そうやっていつも口ばかりで、実際には何もできないではないか。」
「違う。」
ディアナは、はっきりと言った。
ーーそうだ、私は知っている。
殿下に侍女として仕えていた間、ずっと見てきた。夜遅くまで起きて熱心に書類に目を通している姿。朝早くからアルフォンスと剣の稽古をする姿。
ーーだから私は、自信を持って侯爵の言葉を否定できる。
「私は、確かに殿下のことをずっと見てきたわけではない。でも、長い間側にいたわけでなくても、殿下がずっと努力されていることを知っている。そして、そんな殿下に惹かれて、支えている方がいることも。」
ディアナは真っ直ぐにベルクヴァイン侯爵を見る。
「5年前も、殿下は私の両親を助けようとしてくれた。あなたは、それを幼稚で傲慢だと言った。でも私は、そうは思わない。殿下は、なんの得にもならなくても、私の両親を救おうとした。それは、あなたのように薄っぺらい理由で動く人間にはできないことだ。」
ディアナは、一度目を閉じた。まぶたの裏に浮かぶのは、強い決意を秘めた赤い瞳。その強さに後押しされ、ディアナは再びベルクヴァイン侯爵と視線を合わせる。
「侯爵、人は弱くて、打算的な生き物だから、確かにあなたの言う通り、力ある者に流されてしまうこともあると思う。でも私は、それだけじゃないことを知っている。力とか、そんなの関係なしに、目の前の人に手を差し伸べようとする人間がいることを。そして、そんな人に惹かれ、共に歩もうとする者がいることも。」
ジークフリードが教えてくれた。お金とか、権力とか、そんな形あるものではないけれど、確かに存在する、心の強さ。誰かのために動こうとすること。
「私は、そんな殿下を尊敬している。だから、殿下をあなたに売るようなことは、絶対にしない!!」
決然と言い放ったディアナに、ベルクヴァイン侯爵は怒りで顔を真っ赤にした。
「調子に乗りおって。この小娘が!そこまで言うならいいだろう。自白するまで拷問するだけだ。自害したくばするがよい。ただし、お前が死んだら、こう公表しよう。宝石を盗んだ罪人は、王太子にそそのかされたと供述したとな!」
その言葉と同時に、牢に屈強な男たちが3人入ってきた。その手には鞭が握られている。
「痛い目をみてから、たっぷりと後悔するといい。」
そう言って侯爵は去っていった。代わりに男たちが近づいてくる。ディアナは、彼らをキッと睨んだ。
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バシャ!
水をかけられたことで、ディアナは意識を取り戻した。
侯爵と話してから何日が過ぎたのかわからない。あれから、ディアナはひたすら繰り返される拷問に耐えていた。毎日鞭でうたれる。痛みに気を失うと、水をかけられ意識が戻される。この繰り返しだった。
バシッ!バシッ!
身体に鋭い痛みが走る。必死に悲鳴をこらえた。
ディアナの身体は限界だった。水をかけられて濡れたまま放置されるため、風邪を引いたのか、高い熱もでていた。最早、寒いのか暑いのかすらもわからない。意識も朦朧としてきた。
ディアナを支えてきたのは、自分が死んだら、ジークフリードが罪人にされてしまうという思いだった。しかし、それももう限界だった。
ーー殿下、ごめんなさい。
ディアナの意識は深く沈んでいった。
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