あの日すべてが終わり、そして始まった
ジークフリードとアルフォンスがハインミュラー家の屋敷に着くと、辺りは兵士たちの怒号が飛び交い、混乱していた。2人は、ハインミュラー公爵と会う約束をしていた部屋へと急ぐ。
「公爵!!」
部屋に入ると、そこには胸を真っ赤に染めたハインミュラー公爵夫妻が倒れていた。
「おお…で…んか、アル…フォン…ス…く…ん…」
公爵は今にも消え入りそうな声で応えた。アレクサンドラからは返事がない。
「公爵、しっかりしろ!」
2人は、公爵の側に駆け寄った。
「ベル…ク…ヴァインは…どこ…までも…卑…怯…でした…な…」
「公爵、すまない。約束を…守れなかった…!」
悔し涙を流すジークフリードとアルフォンスの手を、公爵は握った。
「シャル…ロッテ…は…領…内の…花畑に…逃がし…ました…ど…うか…あの…子を…お願い…いた…し…ます…」
「わかった。必ず助ける。」
力強く頷いた2人を見て、公爵は微笑んだ。その瞬間、2人の手を握っていたハインミュラー公爵の手から、力が抜けた。
「公爵…?ハインミュラー公爵!!」
悲痛な叫び声をあげたジークフリードに、アルフォンスは声をかけた。
「殿下、俺たちにはまだやるべきことがあります。」
「ああ、わかってる。」
2人は涙を拭うと立ち上がり、公爵夫妻の遺体に頭を下げて弔った。そして、花畑に向かって馬を駆った。
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真っ暗な夜の闇のなかで、青空のような綺麗な瞳が、自分を見つめている。
辺りには、使用人と思われる者や、ベルクヴァイン侯爵の兵士たちが倒れていた。シャルロッテを守るために、追手と戦ったのであろう。
「おとうさまとおかあさまはどこ?」
純粋な疑問。何が起きたのかわかっていないのだろう。無理もない。
「君のお父様とお母様は…」
そこまで言って、言葉に詰まる。今から自分はこの少女に、最も残酷な答えを与えるのだ。
「…お父様とお母様とは、もう会えないんだ。」
「どうして?」
無邪気に尋ねる少女の瞳を見ると、胸が締め付けられた。
「…君のお父様とお母様は、亡くなったから。」
少女の瞳が困惑に揺れる。目の前の男が言っている言葉の意味が理解できないのだろう。あるいは、理解したくないのか。しかし、しばらくすると、少女の瞳から大粒の涙が零れだした。
「すまない。」
ただぽろぽろと涙を流す少女に、ジークフリードが言えた言葉は、それだけだった。だが、少女はその言葉を聞いた途端、堰を切ったように声をあげて泣きだした。
「なんでっ…なんでっ…!かえして!おとうさまとおかあさまをかえして!」
しばらく泣き叫んでいた少女は、やがて泣き疲れたのか、気を失った。倒れる少女を抱きとめながら、ジークフリードは思う。
ーーこの少女から両親を奪ったのは俺だ。俺の無力さが、無能さが、この少女から、大切なものを永遠に奪ったのだ。そうだ、ハインミュラー公爵もアレクサンドラも、俺が…
「俺が、殺したんだ。」
その時、周囲を見回っていたアルフォンスが戻ってきた。花畑に入る前に、辺りにいるベルクヴァイン侯爵の手勢をすべて倒しておくように言っておいたのだ。
「殿下、周囲の侯爵配下の兵士は、すべて片付けました。侯爵が気付く前に急ぎましょう。」
「…ああ。」
ジークフリードは、ふと側を流れる川を見た。水面に映っているのは、赤い瞳。
ーーこれは血の色だ。俺が殺してしまった人たちが流した、無念の色。
その後、ジークフリードとアルフォンスは、シャルロッテを孤児院に預けた。もちろん身分を隠して。ベルクヴァイン侯爵には、シャルロッテは崖から落ちたため、遺体が回収できなかったと伝えた。侯爵はその話を疑っていたのかもしれないが、ハインミュラー家を滅ぼした後始末に追われ、それどころではないようだった。
ーーあの日。1人の少女の運命を俺が狂わせてしまったあの日、すべてが終わり、そして始まったのだ。
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