炎は運命の幕開けの合図
ジークフリードとアルフォンスがハインミュラー公爵家を訪ねてから1週間後、ベルクヴァイン侯爵は、ハインミュラー公爵に横領の疑いありとして、事実関係の調査とその身柄の拘束のために、兵を率いて公爵領に向かっていた。表向きは、公爵を捕らえるのためであるが、その真の目的は、これを機に公爵家を根絶やしにすることである。捕らえる際に反抗された、などと適当に理由をつけて。
並み居る貴族たちは皆、ベルクヴァイン侯爵の企みに気付いていた。しかし、逆らえば次に粛清されるのは自分だという恐怖から、見て見ぬふりをしていた。
そんな中、ジークフリードとアルフォンスは、討伐に向かうベルクヴァイン侯爵に同行していた。シャルロッテを守るという公爵との約束を果たすために。
この1週間、2人はシャルロッテを救う方法を考えていた。はじめは、ベルクヴァイン侯爵が動く前にシャルロッテをどこかに隠すことも検討したが、それはできないということになった。ハインミュラー公爵に一人娘がいることは、公に知られている。その娘が突然姿を消したとなれば、侯爵に疑われる恐れがあるからだ。他にも様々な方法を検討した結果、ベルクヴァイン侯爵がハインミュラー家を攻めた時に死亡したということにして、密かに信頼できる孤児院に預け、平民として生きていけるようにするのが、1番安全だということになったのである。そのためにも、ベルクヴァイン侯爵がハインミュラー家に攻め入った時に、シャルロッテを救出しなければならない。
すでにこの作戦は密かにハインミュラー公爵に伝えており、攻め入った際の混乱に乗じて公爵と会って、シャルロッテを預かる手筈になっていた。
「殿下、失礼いたします。」
伝令の兵士が馬を寄せてきた。
「ベルクヴァイン侯爵閣下よりご伝言です。今夜はこちらで休息をとり、明日の朝、ハインミュラー公爵家に入るそうです。」
「そうか。わかった。伝令ご苦労。」
「はっ。失礼します。」
兵士は礼をして、戻っていった。いくらハインミュラー家を滅ぼすのが目的とはいえ、表向きはハインミュラー公爵の横領の疑いの調査で来ている以上、1度は正式に公爵との話し合いの席を設けなければならない。そのため、明日の朝、ベルクヴァイン侯爵とジークフリードは公爵の屋敷に向かうことになっている。
「いよいよだな。」
野営のための天幕をはり、2人きりになったところで、ジークフリードはアルフォンスに言った。
「はい。必ず約束を果たしましょう。」
2人は頷き合った。
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夜。
物音がしてジークフリードは目覚めた。誰かが天幕の外にいる。咄嗟に枕元に置いてある剣に手を伸ばす。
「殿下!」
慌てた顔をして入ってきたのは、アルフォンスだった。
「アルフォンスか。どうかしたのか?」
尋常ならざる様子のアルフォンスに、ジークフリードは尋ねた。
「ベルクヴァイン侯爵が、夜の闇に乗じて、ハインミュラー公爵家に攻め入っています!」
「なんだと!」
2人は慌てて天幕の外に出た。丘の上に見えるハインミュラー家の屋敷からは火の手があがっていた。
「くそっ!最初から話し合いの場を設けるつもりはなかったのか!」
「馬でとばせばまだ間に合うかもしれません。いえ、間に合わせましょう!」
「ああ!」
2人は急いで支度をし、馬に乗った。真っ暗な夜の闇のなかで、ハインミュラー家の屋敷だけが異常な程の明るさを放っていた。
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