決意と誓い
シャルロッテが、花畑をとても喜んだため長居してしまい、屋敷に戻ってきた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「旦那様と奥様にお客様がお見えでございます。」
出迎えた執事がそう告げた。
「わかった。すぐ行く。」
シャルロッテを侍女に預けて、公爵夫妻は客間に向かった。
「これは…ジークフリード殿下にアルフォンス君。」
公爵もアレクサンドラも驚いた顔をしたが、すぐに王族に対する礼をとった。
「こんな時間に訪ねた無礼を許していただきたい。」
そう謝罪したジークフリードは、さっそく本題にはいった。
ベルクヴァイン侯爵が、ハインミュラー公爵に横領の罪をきせようとしていること。国王が、対応をベルクヴァイン侯爵に一任したという噂があること。おそらくその噂が真実であること。これを機に、侯爵がハインミュラー家を根絶やしにしようとするであろうこと。残念ながら、今の自分ではそれが阻止できないため、しばらく国外に身を隠してほしいということ。
すべてを話したうえで、ジークフリードは公爵に頭を下げた。
「俺が不甲斐ないばかりに、このようなことになってしまい、すまない。」
「お顔をあげてください、殿下。」
公爵はそう言った。
「殿下のせいではございません。かの侯爵が、いつかはこのように強引な手段をとってくることは予想していました。見当がついていたのに防げなかったのは、私の責任です。」
「公爵…」
「むしろ、危険をおかしてまで知らせてくださり、ありがとうございました。」
ジークフリードは、公爵の人柄に改めて感銘をうけていた。このような誠実な人を失うわけにはいかない。
「公爵、逃げてもらう場所なんだが…」
「殿下。」
話の続きをしようとしたジークフリードを、公爵は穏やかにさえぎった。
「陛下はこの件をベルクヴァイン侯爵に一任されたのですね?」
「ああ。おそらく。それがどうかしたか?」
ジークフリードは、公爵の質問の意味がわからず、尋ねた。
「では、せっかく来ていただいたのに申し訳ありませんが、私は逃げることはできません。」
「なぜです!」
静かな声で答えた公爵に対して、それまで沈黙を守っていたアルフォンスが声を荒げた。
「あなたは、殿下にもこの国にも必要な方だ。あなたがいなくなったら、王宮に殿下のお味方はひとりもいなくなってしまいます。あなたは、殿下を見捨てるおつもりか!」
「アルフォンス!」
「よいのです、殿下。」
公爵に対して無礼ともとれる言い方をしたアルフォンスをジークフリードがとがめたが、公爵がそれを制した。
「私は、ハインミュラー公爵家の当主です。ハインミュラー家は、代々の王に忠誠を捧げた家です。私も、国王陛下に忠誠を誓った身。陛下のお裁きに逆らうことはできません。陛下が、私の処遇をベルクヴァイン侯爵に一任されたというのであれば、私はそれに従います。」
静かに、だが決然とそう言った公爵に、2人は言葉を失った。
「それに、殿下にはお味方がいます。アルフォンス君という立派なお味方が。」
公爵とアルフォンスの目があう。公爵は優しい瞳で、アルフォンスを見ていた。
「これからは、君が殿下の側近となるのです。己を磨きなさい。君ならできる。殿下を頼んだぞ。」
アルフォンスの瞳から涙が溢れた。
「必ず。」
かろうじて返事をする。そんなアルフォンスに頷いて、公爵はジークフリードへ視線を向けた。
「殿下、私はここに残ります。ですが、我が妻と娘は、逃がしていただきたいのです。」
「いいえ、私もここに残ります。」
それまで黙っていたアレクサンドラは、きっぱりとそう言った。
「しかし…」
「私は、ハインミュラー家に嫁した身。旦那様だけを、死なせるわけにはまいりません。ましてや、私は王族の出身。陛下を…従兄弟を止められなかった責任は、私にもあるのです。」
なおも言い募ろうとした公爵に、アレクサンドラはそう言った。そして、ジークフリードに向き直る。
「殿下、どうか私たちの娘を…シャルロッテのことをお願いします。あの子には、なんの罪もない。」
「…っ!わかった。俺が必ず守る。」
そう答えたジークフリードに、公爵夫妻は礼を言った。最後に、公爵はジークフリードに頭を下げた。
「殿下、我儘をお許しください。」
そして、ゆっくりと顔をあげる。
「あなた様は、きっと誰よりも民の心に寄り添える王になれる。」
「っ!」
ジークフリードは、もう何も言えなかった。
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ハインミュラー公爵の屋敷から帰った後、ジークフリードとアルフォンスは、2人で静かに泣いた。自分たちの無力さが、何よりも悔しかった。
ーーこの日、2人は誓ったのである。この国を善くすることを。そして、シャルロッテを守ることを。
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