その気持ちの名は
しばらく泣いていたディアナが落ち着いたところで、ジークフリードが買ってきたタルトを食べることになった。ジークフリードはタルトを買った直後にディアナがいないことに気がつき、路地裏まで走ったため、せっかくのタルトは形が崩れてしまっていた。「新しいものを買おう」とジークフリードは提案してくれたものの、ディアナは形の崩れたタルトを食べると言った。少しばかり見た目が悪くても味は変わらない。それに、せっかくジークフリードが気を遣って買ってくれたものを無駄にしたくはなかった。
適当な場所に座って、タルトを口にした。ふんわりと甘いりんごの香りがひろがる。懐かしい味。まだお父様とお母様が生きていた頃、よくせがんで買ってもらった味だ。懐かしさから、思わず涙がこぼれた。
「ディアナ⁉︎どうした?」
涙をこぼす私を見て、殿下が慌てたように聞いてきた。あんなことがあった後だからか、過剰な心配をさせてしまっているらしい。
「いえ…すごく、おいしくて。」
そう答えて、殿下に向かって微笑んだ。
「殿下、ありがとうございます。」
そう言うと、殿下の手が私の頭をくしゃっと撫でた。その手の感触が心地よくて、うれしくて。この気持ちになんと名前をつけたらよいのだろうか。
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タルトを食べて、急に泣きだしたディアナを見た時は焦った。あんな目にあった後だ。やはりまだつらいのだろうかと思っていると、彼女は「おいしい」と言って微笑んだ。そんな彼女に、思わず目をみはった。
綺麗だと思った。その微笑みを。きっと自分は今間抜けな顔をしているだろう。だから、彼女に見られないように、その頭を少し乱暴に撫でた。
ーーああ、俺は知っている。この気持ちの名前を。
だが、それは俺には決して許されない気持ちだ。ディアナに憎まれるべきである俺には。
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昼食を終え、またしばらく街を見て回った。その後は特に事件もなく、視察は順調に進んだ。
「そろそろ戻りますか?」
ベンチでひと休みしている時にディアナがそう声をかけると、ジークフリードは少し思案して、
「そうだな。だがあとひとつだけ付き合ってほしい。」
と言った。
ジークフリードに連れていかれたのは、髪飾りを売っているお店だった。ジークフリードは棚に並べられている商品の中から、ディアナの瞳と同じ青空の色の花の形をした髪留めを選び、店主にお金を払った。そして、なにがなんだかわからずに突っ立っているディアナに、その髪留めをつけた。
「あの…これは?」
「今日1日、付き合ってくれた礼だ。」
そう言うと、ジークフリードはディアナの髪を撫でた。
「よく似合っている。」
そう言われ、微笑まれた瞬間、ディアナの胸が波打った。
ーーああ、この気持ちの名前はーー
その時、向こうから兵士が走ってきて、ジークフリードに何か耳打ちした。どうやら、この兵士は殿下のことを知っているらしい。ジークフリードの表情が険しくなる。
「すまない、ディアナ。少し話してくるから、ここで待っていてくれないか?ひとりにして悪いんだが…」
申し訳なさそうにそう言ったジークフリードに、ディアナは笑顔で答えた。
「お気になさらないでください。ここには店主さんもいらっしゃいますから、大丈夫ですよ。」
「本当にすまない。すぐに戻る。」
そう言ってジークフリードは走っていった。
「素敵な彼氏さんね。」
振り向くと、店主の女性が微笑んでいた。
「い、いえ…恋人では…」
慌てて否定すると、女性はますます笑みを深くした。
「でも不思議なこともあるものね。さっきの方、前に新聞で見た王太子殿下にそっくりよ。」
女性の言葉にディアナは焦った。まさか、正体がバレてしまうのでは、と思った。しかし、そんなディアナにはお構いなしに女性が言葉を続ける。
「でも、人違いよね。だってその時写真で見た王太子殿下の瞳は赤色だったもの。さっきの方は黒だったものね。」
「えっ…」
この人は何を言っているのだろう。王太子殿下の瞳は赤色?
ーーそんなはずない。だって、赤い瞳の男は、お父様とお母様の仇。殿下はそんな人じゃーー
「ああ、でも聞くところによると、遠い異国には、目に入れることで瞳の色を変えられるものがあるんですって。まぁ、どちらにせよ、王太子殿下ともあろうお方が、こんな店に来るなんてありえないけどね。」
そう言って笑った女性の言葉が耳にこだまする。
ーー瞳の色を変えられる。じゃあ…
「ディアナ!遅くなってすまない。」
ちょうどその時、殿下が戻ってきた。店主の女性に笑顔で見送られて店を出る。
「昼間の男たちの件で少し揉めていてな……ディアナ?」
なんの反応もしないディアナを、ジークフリードは訝しむように見た。
「…なんでもありません。」
ーーこの気持ちの名前は…
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