ふるえる心
腕を掴まれ、引っ張られたのだと理解した時には、ディアナは暗い路地裏に引き込まれていた。見ると、そこにはいかにもガラの悪そうな男が3人程いた。
「へへっ、お嬢ちゃんひとりかい?ちょっと俺たちとお話しようぜ。」
下品に笑う男たちを見て、吐き気がした。
「離してっ!連れがいるんです。」
そう言って掴まれた腕を離そうとするが、男の力で抑えられたら逃げられるはずもない。
「おうおう、元気なお嬢ちゃんだな。」
「こいつなかなか美人だぜ。売ればかなりの金になる。」
「でもその前に俺たちで楽しみたいよなぁ。」
男たちの言い草にゾッとした。逃げなければならない。頭ではわかっていても、恐怖で身体が言うことをきかない。
「やだっ…やめてっ…」
それでも必死に逃れようとすると、男たちは揃って下品な笑みを浮かべた。ひとりが私に触れようとする。怖くて怖くてギュッと目を瞑ったその時。
「ぎゃあ!」
男の悲鳴がしたと思ったら、掴まれていた腕が解放された。代わりに、あたたかくて力強い腕に抱き寄せられる。
「ディアナ!大丈夫か?」
「…で…んか?」
震える声でそう言うと、殿下は私のことを強く抱きしめた。そして、私を背にかばうようにして立つと、突然の乱入者に混乱している男たちに向かって言い放った。
「覚悟はできているんだろうな?」
その声は、いつもの穏やかな声とは比べものにならないくらい低くて、聞いた者を震えあがらせるような声だった。
「若い兄ちゃんよぉ、舐めてんのか?王子様にでもなったつもりかい?」
男たちはそう言うと、ジークフリードに向かって殴りかかってきた。
「殿下!!」
ディアナが思わず叫んだ瞬間、男たちが一斉に崩れ落ちた。ジークフリードが一瞬で男たちを気絶させたのだ。
「何事か⁉︎」
ちょうどその時、騒ぎを聞きつけた巡回中の兵士たちが駆けてきた。殿下の素性がバレてしまうのではないかと心配したものの、幸い兵士たちは王太子の顔を知らないようだった。殿下は手短かに事情を説明し、男たちは兵士に連れていかれた。
「…殿下、助けてくださりありがとうございます。」
ふたりきりになった路地裏で、ジークフリードと目を合わせるのがなんとなく気まずくて、ディアナは目を伏せながらお礼を言った。すると、ディアナの頭にジークフリードのあたたかい手が置かれた。
「すまない。お前をひとりにするべきではなかった。」
顔を伏せているため、ディアナにはジークフリードの顔は見えなかった。しかし、ジークフリードがどんな顔をしているのか、ディアナには想像がついた。
ーーきっと、泣きそうな顔をしていらっしゃる。だからー
「私なら大丈夫です。」
そう答えた瞬間ーー
ディアナは力強い腕に抱きしめられた。
「殿下?」
「無理をするな。怖かったのだろう?ならばそう言えばいい。」
「いえ、私なら本当に大丈夫です。」
「嘘をつくな。こんなにふるえているくせに。」
そう言われて初めて、自分の身体がふるえていることに気がつく。
「…っ!こ、怖かった、です、殿下。」
認めてしまうと、急にあの時の恐怖がよみがえってきて、ディアナの目から涙が溢れてきた。
「怖い思いをさせてすまなかった。」
ジークフリードは、そんなディアナが泣きやむまで、ずっと彼女を抱きしめていた。
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