転校生
噂がある。
そいつに出会ってしまったら、死んでしまう。
人はそれをドッペルゲンガーと呼んだ。
「えー。今日から転校生が一人クラスに加わる。学校のこととかわからないこともあると思うから、みんな仲良くやってくれ」
「えーっと、鳩羽 鈴、です。よろしくお願いします」
先生の挨拶が終わると教室の好奇の目が私に向く。
親の仕事の事情で転校してきたものの、もう中学も二年だし、今更環境が変わって慣れることができるのか、不安だ。
「席は、神田の席な。あの空いてる席。用意しといたから」
先生が指差す先をたどっていくと、ぶすっとつまらそうな顔をした男子生徒と目があった。なんだその顔は。
とはいえこれからお隣同しだし、愛想笑いを浮かべると、周りがざわつき出す。
「先生ぇ……」
恐る恐るといったように教壇前の女生徒が声をあげる。
「なんだ水内?」
水内と呼ばれた子は何か言おうと迷った上で、「なんでもないです……」と留めた。
教室の中から戸惑うような空気が波のように漂ってくる。
なんなの……気になるじゃない。
そんな中、机と机の間を通り抜け席に着く。
ちらりと隣を見ると興味をなくしたのか、神田と呼ばれた少年は外をぼうっと見ている。
「えっと神田、君?」
「……なに?」
声をかけると変わらない顔で見つめてくる。
「……よろしく」
「あぁ……」
それから昼休みまで誰とも、会話という会話を重ねることはなかった。
休み時間誰かに声をかけようとすると、今はちょっと急いでてとか、また後でとかよくわからない返答ばかり。
私が何かしたか?
少しの腹立ちに昼休みこんなならどっか静かなとこで、一人で食べようと席を立つと、それを待ってたとばかりに小走りに朝の女生徒が近寄ってきた。
たしか、水内さん?
「あ、鳩羽さんこれからご飯?」
私の手にはお弁当箱。体は教室の入り口を向いた状態で、彼女はそのまま手を私の取って「外で一緒にたべよーよ!」と引っ張っていく。
なんだなんだ。
なんなんだ。
よくわからない校内をぐりぐり動き回ったあと、やっと止まった場所はたぶん中庭なんだろう。
「あ、しまった。ハンカチ持ってる?」
その言葉にごそごそと取り出すと、良かったと胸を撫で下ろして、ここにしよっかといい、花壇の縁にハンカチを敷いてその上に座った。
私もそれに習う。
「さっきはごめんね」
昼休みまでの間に私が声掛けに失敗した中に水内さんもいた。だって、あんな風に途中で止められると気になるじゃないか。
彼女はまず濁して逃げてしまったことを詫びてきた。
「いいけど……説明してくれるでしょ?」
だからここまで連れてきたってことなんだろう。
「うん、食べながらにしよっかぁ。あっ! 鳩羽さんのお弁当箱可愛い!!」
さっきまでとは打って変わって人懐っこい顔を向けてくる。
こっちが本当の水内さんなのかな。
あの教室ではどこかみんなよそよそしい空気を醸し出していた。
たぶん、その空気の中心は私、の隣。
「お母さんが買ってきてくれたんだけど、子どもっぽいしやだっていってるんだけどねー」
「あーそれうちもー」
そう言って可愛いお弁当箱を見せてくる。
二人して、笑った。
それから雑談をしながら食べて、もうちょっとで食べ終わるってくらいに、ぽつりと彼女は呟いた。
「友達がね。入院したんだ」
「……入院?」
繰り返すと、首をこくりと縦に振る。
「それは神田くん……だっけ。彼と何かあって?」
「……わかんない」
その友達は神田くんと仲が良かったらしい。彼はもともと人付き合いが良い方じゃなかったけど、水内さんの友達がちょっかいをかけて、悪い意味じゃなく彼の反応を楽しんでいた。
彼も、そんな彼女に渋々ながらも反応を返してはいるものの、そこに笑顔はあったらしい。
「なのに、急にね。ある日彼女が神田くんの首を絞めたの」
みんなわけがわからなかっとという。男子生徒が数人で無理やりに引きはがすけど、彼女はわけのわからないことを喚き散らすばかり。
そんな中、神田くんはただ彼女をずっと見ていたらしい。
今の彼のようにぼうっと何を考えているのかわからないような顔で。
喚き散らす言葉の中でわかったことは、
彼に何かを奪われたのか、
かえせ!、と何度も叫ぶ声だった。