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短編集

魔王を育てることになりました #02 覚悟を決めました

作者: 青木ななぎ

前作“魔王を育てることになりました”の直後の場面からです。

シリーズとして纏めてありますので、お読みでない方は

よろしければそちらもお読みいただけると嬉しいです。

とはいえ、最初2行がそのまま前回の大雑把過ぎるあらすじになっています。

 夢の中で話してたはずの里子の依頼。

 夢だと思っていたのに夢じゃなかった。

 寝すぎてしまって寝ぼけているのかと思い洗面台に行って顔を洗ってきてみたが、やはり私の寝室には相変わらず自分の懐事情は到底買えないようなアンティークなベビーベッドが鎮座している。

 大きく深呼吸して無理矢理に気持ちを落ち着けて状況を把握してみよう。


 「…………。どうしよう、この子…」


 茫然とした状態で思わず呟いてしまう。田舎の両親に相談してみる?

 いや、そんなことをしたら絶対に妙な勘違いをされるに決まっている。いい年をした女が一人で子供を育てることになったなんて話、どう考えても勘違いしか生まない。そもそも両親に何て相談したらいいのか…。

 先ほどは思わず落としてしまった手紙をまた読んでみよう。


 …。

 ……。

 …………。


 生後二週間とかマジなの。

 名前はまだ無いとかどこの淡灰色の斑入り猫の話ですか…。


 赤ちゃんの世話なんて歳の離れた姉の子を学生時代にちょっと面倒見させてもらって以来だし、何より私が育てることになるっていうなら中途半端な気持ちで育てることなんて絶対できない。

 ネットで育児について調べるのはもちろんだけど、この状況を相談できそうな相手なんて…。


「誰か仲のいい友達にいたかな…。結婚してる友達の中で誰か…」


 独り言を零しながら結婚式に招待された記憶を順番に辿る。

 結婚式って呼ばれるたびにご祝儀が懐に打撃を与えてくるけど、働きながら独身生活を続けていると何人かで遊ぶこともあんまりしなくなるし、久しぶりに一緒に過ごした仲間に会えたりするのはやっぱり楽しいよね…。あっ、思考が脱線してしまった…。






 いろいろと悩んだ末、記憶とケータイの電話帳を学生時代までたどって、しばらく連絡を取っていなかった仲の良かった友達に連絡をとってみようと思いついた。四年前に結婚式に呼ばれたあの娘ならきっと子育て経験してそう?という淡い期待を抱いて電話帳から番号を呼び出してダイヤルボタンを押してみる。



「あ…、もしもし?伊月だけど、お久しぶり。祥子(さちこ)のケータイであってる?」

「あー、うん。あってるよ、懐かしい声だね。久しぶり、どしたの?」

「その…、ね。ちょっと祥子に折り入って相談したいことがあってさ。少しだけ電話大丈夫かな」

「うちの子もさっき寝付いたばかりだし、大丈夫だよ。珍しいねー、伊月がそんな畏まって相談なんて」


 思わずクッションの上に正座してしまう私。バカだな、電話越しなのに。


「…。うん…、あの…突然だけどさ、育児を教えて欲しいな……って、ダメかな?」

「えっ、貴女もしかして結婚したの?いつ?いつの間にできちゃってるの?私の結婚式の時に『私の時も絶対呼ぶねー』なんて言ってくれてたじゃない。結婚したなんて話は何も聞いてないんだけど」

「け、結婚?!してないよ!結婚してない!相手もいないし身も…って、そこは絶対!!断じて!!

 ……でも、その…ちょっとワケありで、ねぇ…」

「何それ…。じゃ、奥手な伊月なら…、もしかして悪ーい男に騙されちゃったりでもした?」

「違うよっ!!」

「あー、さすがにそれは冗談だから怒んないでよ。じゃあなんでワケありで育児の相談なの?」

「たぶん言っても信じてくれないと思う…し…」

「随分自信なさげね、信じてもられないようなことでもしたの?」

「だって私が聞かされてもこんなこと最初は信じないと思うんだよね…」

「伊月、あんた何したの…」


 昨夜の夢が脳裏によぎる。今思い出しても変な夢としか思えないよ。絶対信じて貰えないでしょコレ。


「えっとね…、現状を一言で言うと、異世界からベビーベッドごと赤ちゃんを育ててくれって里子に出された…」

「………はぁ?」

「やっぱ意味わかんないよね、これじゃ」

「どこの電波さんの発言なのよ、ほんとのとこはどうなの」

「いや、だから、ベビーベッドごと赤ちゃんが里子に…」

「もうっ、意味わかんないよそれ」

「じゃあ最初から全部説明するよ?」


 こうして私は祥子に『この世界とは違う世界の話を聞かされて、魔王様を預かって育てて欲しいって話をされた夢の話』と、『手元に届けられていた謎の手紙』について洗いざらい説明する事になった。

 信じてもらえるかはダメ元。でも、枕元に届いてた手紙と、他称魔王様っていう赤ちゃんをそれぞれ写メで送ったところ、何とか納得してもらえたみたい。

 手紙は写真に撮ったら何かよくわからない記号の羅列になっちゃってて読めなくなっちゃってたけど、直接見ないと駄目とかあるのかな。そんな話をあわせてしてみたら、祥子が家に来ることになってしまった。






 急いだといってもどんな速さで来たんだろうか。いくらそれなりに近場に住んでるからって、電話して一時間もしないで子供連れて私のうちに参上とかフットワーク軽すぎるよ。しかも背負った子供寝たままだし…。


「やっ、会うのは本当に久しぶりだねー」

「そだね。お互い無職なのに」

「やだもうー、私は専業主婦だからいーの」

「私はこれからはそうなる……、のかな?」

「それは伊月次第だね。育てることはもう決まっちゃってるんでしょ?それより赤ちゃん見せて見せて」


 ずかずかと部屋に入ってくる祥子。慌てて追いかける私。勝手知ったというか、そんなことは関係ないような一人暮らし用のマンションだから寝室に到着するのなんてすぐだ。


「うわー、すごいベビーベッド。このベッドも赤ちゃんと一緒に出てきたの?」

「うん、そうだよ。いきなりなんにも無いとこから出てきた。赤ちゃんは午前中ずっと寝てるね。じきに起きるのかな」

「寝顔だけでもかわいい子だねー。この子、男の子?女の子?」


 祥子は自分の子供を私のベッドに寝かせながら聞いてくるが…。


「……あれ??そういえば、私も知らない…」

「何それ、信じらんない。じゃあ名前も?」

「手紙には住む世界に合わせた方がいいからって決まってないって書かれてた」

「そういえば写メ貰った時はよくわかんない記号だけだったんだよね。その、手紙っての見せてもらっていーい?」

「うん。はい、これ」


 サイドボードに置きっぱなしにしていた異世界からの手紙を祥子に見せてみる。


「おおっ?本当に日本語になったよ…。これって海外の人に見せたりしたらその人の国の言葉になるのかな」

「いや、知らないし…」

「ま、それはどうでもいいか。とりあえず名前が無いのもかわいそうだからこの子の名前考えてあげなよ」

「そうなんだけど、どんな名前がいいんだろうね…。突然子供を育るようになるなんて思ってもみなかったから名前なんて思いつかないよ」

「普通は子供が生まれることがわかってから生まれるまでは結構期間あるからね、しょうがないかなぁ…」

「この子の戸籍ってどうすればいいんだろ」

「あー、そんなのもあったね。まあ生後二週間なら役所に今のうちに届ければなんとかなるんじゃない?家で産んじゃったことにしてさ。不謹慎かもだけど、今時シングルマザーなんて珍しくもないし」

「祥子の時はどうしたのよ」

「産む前に性別はエコーでわかってたからね。名前は先に旦那と二人で考えておいて、生まれてから後は手続き関係とか全部旦那に任せた」

「あ、そう…」

「『あ、そう…』じゃないよ。出産ってすっごいハードなんだからね!無事に生まれた時は嬉しいけど、そこまでがどれだけ大変か産んだ人じゃないとわかんないんだから。普段使わない力が入るのか産後の疲労も酷いし…」

「ごめん…そんな大変なんだね」

「これは実際に産んだ人しかわかんないからしょうがないかもだけどさ」


 二人で話をしていると赤ちゃんの目が開いた。焦点の定まってない感じの目でボーっとこちらを見ている。


「あ、ねぇねぇ、起きたよ」

「うわぁ…綺麗な黒い瞳…」

「そんなこと言ってないで早く名前考えてあげなよ」

「性別わかんないとさすがに無理…」

「じゃあお風呂入れてあげちゃおっか、そしたら一緒に性別もわかるでしょ」

「おお、名あ…ん?」

「ついでだからうちのもお風呂入れちゃっていいかな。うちの子すごくよく寝るんだけど、昨日もお風呂入れる前に寝ちゃって起こすとぐずるんだよね」


 祥子の娘さんもいつの間にか起き上がってこっちを見てた。母親に似ずおとなしい子だな、旦那さん似かな…。


「あはは…、祥子かわんないよね、どんどん一人で進めちゃうとこ」

「あ、ごめんね。ダメだった?」

「いや、懐かしいだけ、もう慣れてるよ。そだね、狭いお風呂で悪いけど、それでよければ入ろっか」


 さすが子育ての先輩。祥子は手際よく娘さんを洗っていく。私も祥子に教えられながら、首が変な方向を向かないようにしたり顔にお湯がかからないようにしたりを気を付けながら赤ちゃんの体を手で洗う。地味に動くし、かなり難しい…。

 湯上りで風邪をひかないように柔らかいタオルで丁寧に水分を拭いてから服を着せてあげた。紙オムツは祥子がちゃっかり買ってきてくれてた。なんて気が利くママさん…、頭が上がらないな…。

 ベビー服については実はベビーベッドの下部が引き出しになってていろいろと入ってた。びっくりするくらいの収納力…、当分ベビー服買わなくても大丈夫っぽい。


 そうそう、赤ちゃんは女の子でした。魔王様っていうから男の子なイメージがあったんだけど、最近だとそうでもないのでしょうか。


「初めて赤ちゃんをお風呂入れてあげた気分はどう?」

「疲れた…」

「ははは、やっぱそうだよねー。でも赤ちゃんは一人じゃお風呂入れないからね。ちゃんとお風呂入れてあげなきゃダメだよ」


 娘さんの髪を乾かしながら祥子が言う。


「そうだね、私が育ててあげなきゃダメなんだね…」

「普通母親っていうのはさ、妊娠がわかって、徐々におなかが大きくなって、出産を経て、ああ、この子を私が育てるんだ…っていう感じで母性を自覚するもんだと思うんだ。

 伊月の場合はいきなり預けられちゃってるから自覚という意味ではもしかしたらちょっと悩むかもしれない。でも、この子にはもう伊月しか居ないんだよね。

 だからさ、まあ今日は突然で驚いたけど事情知っちゃったし、何かあったら私にも相談するといいよ。同い年だけど子育ては先輩だし、悩み相談くらいなら聞いてあげる」

「うん……、ありがと」


 他にもいろいろと訓示を子育ての先輩から受けることとなった。また眠ってしまった娘さんを背負った祥子を玄関で見送る。赤ちゃんもこれまたちゃっかり買われていたミルクを飲ませたらまた寝てしまったので今はベビーベッドの上だ。


「ちゃんとかわいい名前つけてあげなよ、なんかすごい美人になりそうだし」

「…、わかった。今日はいろいろありがとね」

「心細いのはわかるけど、また顔見に来てあげるから泣きそうな顔しないの、元気だしな」

「うん…、学生時代は祥子がこんな面倒見よくなるなんて思わなかったかも」

「なーに言ってんのよ、これでも案外後輩からの評判良かったんだからね」

「そうだったね…。うん。ほんとありがと。たぶん何度も相談させてもらうことになりそう」

「気にしないで。じゃあ旦那が帰ってきちゃう前に晩ご飯作りたいし、今日はそろそろ帰るね。ばいばい」

「うん。またね」






 祥子が帰った後の私の部屋。急に静かになった気がする…。

 相談してよかった。いきなり子育てと言われてもどうしたらいいのかわからなかったけど、打ち明けて相談できる相手が居るだけでこんなに気が楽になるとは思わなかった。どこまでできるかわからないけど、『できませんでした』じゃ済まされない大役だもの。この子と二人三脚でがんばらなきゃ…。



 何はともあれ、彼女の名前を考えなければならない。生まれた世界での馴染みも考えた方がいいのかな。預ける先の世界で育てるからそっちに馴染むように名前を付けてないって話だし、日本で生きるのに困らないようにっていうか、混乱しないような名前の方がいいよね…。

 赤ちゃんって最初は色の淡い髪の子が多い印象だけど、この子は瞳同様にとても綺麗な黒髪。なんとなくだけど夜って雰囲気を連想させる。肌は透けるようなっていう表現だとありきたりかな、月の光のように白い。だからそれにちなんだ名前を付けてあげたい。



 向こうの世界に月ってあるのかな…、暗い夜を照らす月の光みたいに、太陽ほどに強く輝かなくてもいいから、月の光に優しく照らされた未来に生きていけるように。月夜(つくよ)って名前はどうかな。



 とても頼りない母親かもしれないし、産みの苦しみもまだ知らない私だけど、これからはこの子の母親として少しずつ育っていきたい。月夜と一緒に仲良く育っていけるように、がんばっていきたい。

 朝は茫然自失になりかけたけど、一日人の親というものに改めて触れた結果、これからの生活は私だけではなくてこの子が増えるんだという実感が少しずつ湧いてきて、気持ちを新たに生きていきたいと感じたのでした。

実は今回、この作品を書いていていろいろと悩みました。話自体はある程度スムーズに書けたのですが、内容が実は結構デリケートなものまで含んでいる気がして、これを投稿していいのかなと思ってしまったりもしました。子供を産んだり育てたりしてもいないような奴がこんなこと語るなとか言われたらどうしようとか内心思ったりしています。

どのような層向けの作品なのかもよくわからない状況になってきています…よね。


更なる続編も考えていますが、ファンタジー要素をどれだけ持ち出すかでも悩んでいます。ご指摘ご意見ご感想等々、ございましたらお気軽にお寄せください。

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