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4 真犯人は……

 一番乗りで教室へ戻った派手女子軍団は、「そのとき既にアイアイ傘は書かれていた」と主張する。

 念のため他のクラスメイトたちに確認するも、皆誰かしら友達と一緒に行動していたと判明。

「これで、このクラスのアリバイは全員ってことか……となると、次は俺のクラスか」

 教卓に肘をつき、考える人のポーズで唸るサヤマ。クラスの皆は、近くの席の友人たちと顔を見合わせる。

 くだらないイタズラと他人事のように嘲笑う側だったはずが、その態度は見事に裏返っていた。真摯なサヤマの態度に感化され、今や全員が気持ちをシンクロさせている。

 このままじゃ収まりがつかない、必ず犯人を見つけ出す、と。

 サヤマも皆も口には出さないけれど、本当は察している。

 最も怪しいのは、サヤマと私の関係を邪推する人物……つまり、サヤマの熱烈なファンだ。

 サヤマがうちのクラスに入り浸って、特定の女子にちょっかい出すことを快く思っていない女子は、サヤマのクラスにもたくさんいる。もしかしたら、その中の誰かが犯人かもしれない。

 教室の中には、張りつめた糸のような緊張感が漂っている。誰からともなく「隣行こう」と囁き声があがる。

 真っ先に動いたのは……。

「――サヤマ、もういいよ」

 立ち上がった私は、ふうっと大きく息をつくと、サヤマに向かって深く頭を下げた。

「チビ子……」

「ここまで調べてくれて、本当にありがとう」

 胸一杯に溢れる感謝の気持ちを隠さずに、私はたぶんユカにしか向けたことのない、最高級の笑顔を作った。サヤマは驚いたように目を見開く。それでも私の想いは止まらない。

「サヤマは甘いって言うかもしれないけどさ。私は人のことあんまり疑いたくないよ。やった人だって、気楽ないたずら感覚だったかもしれないし……本気だったとしても、今頃反省してるかもしれないしね」

 今までの私なら、ここでおしまい。

 平和主義といえば聞こえはいい。実際は内気で気弱で、もめ事が苦手なだけ。自分の心が揺さぶられるのを嫌がる、ただの臆病者。

 だけど私は、変わりたかった。

 そのまま席を離れ、ゆっくりと教卓の前に歩いて行く。背筋をピンと伸ばし顔をあげて、少しでも自分の体が大きく見えるように胸を張って。鈴木先生に軽く会釈をしてその前を横切り、サヤマの脇に立った。

「チビ子……?」

 首が痛くなる角度でサヤマを見上げる。誰もが怯えるその強すぎる眼差しにも、目を逸らさずに。

 そして、確信した。

 ――今の私に足りないモノを、サヤマは持ってる。

 それは問題から逃げない勇気。自分の意思を、しっかりと自分の言葉で伝えるパワーだ。

 私はくるりと身体を反転させて、皆の方を向いた。肺が悲鳴をあげるくらい、すうっと大きく息を吸って――

「みんな、協力してくれてありがと! みんなが犯人じゃないって分かっただけで、私すごく嬉しかった!」

 入学してからまだ一ヶ月と少し。人見知りを言い訳にシャットアウトしていたクラスメイトたち、一人一人の顔を見つめる。

 このまま誰かを犯人と疑いながら、クラス替えまでの十一ヶ月を過ごす……なんて、想像しただけでゾッとする。

 私はもう一度大きく息を吸い、言葉を重ねた。

「あとこの際だから、ハッキリ言っとくね。私はこんな見かけだし、サヤマにはいつもバカにされてるけど……けっこう強いから、このくらい平気! むしろ、やれるもんならやってみろって感じ?」

 私はサヤマを真似して、ニイッと強気に笑った。教卓についた手が震えるけれど、それは皆からは見えない。心臓のドキドキも聴こえてない。大丈夫。

 いつもユカの背中に隠れて、サヤマにからかわれてはキャンキャン吠えているだけのか弱いチビっ子……そう思っていたクラスメイトたちが、唖然とした表情で私を見つめている。

 ガタンと椅子を鳴らして、一人の生徒が立ち上がった。先ほどチョーク係になった、くるくるでふわふわ茶髪な女子が。

「チビ子……じゃなくて、チヨコちゃんゴメン!」

 勢いよく頭を下げた彼女からは、いつもの舌っ足らずな口調が消え、テキパキした普通の喋り方になっていた。

「アタシたち、こういう卑怯なことは絶対しないけど……いつもチヨコちゃんのこと、地味とかカワイコぶってるとか、いっぱい文句言ってた! 本当にゴメン! 大森も、うるさくしてゴメンね!」

 私も私もと、金魚のフンみたいに、キラキラの長い爪を持った女子軍団が頭を下げる。今度は私がびっくりして……思わず横に居たサヤマの顔を見上げた。

 サヤマは嬉しそうに目を細めて「よかったな」と小声で囁く。頷いた私が、夢見心地で彼女たちに向き直ると。

「あのね、チヨコちゃん。今更だけど、アタシたちと友達になってくれる……?」

 キラキラ女子の必殺技、上目遣いスペシャルスマイルは、私のハートに見事命中。

「あっ、うん、喜んで!」

 私の返事に、六人の女子がキャアッとはしゃいだ。アフロ大森君も、素直に謝られて溜飲が下がったのか、私と同じくハートに矢が刺さったのか、「許す」とぶっきらぼうに呟いて苦笑した。

 そんな私たちのやり取りを、静かに見守っていたクラスメイトの誰かがパチパチと拍手を始め、そのクラップ音はいつしか教室中に広がっていった。

 今ひとつまとまりに欠けていたクラスに、一体感が生まれた瞬間だった。

 拍手が静まった後、私はもう一度皆に「ありがとう」と言って席に戻ろうとして……ふと、お礼を言い忘れた人物に気付く。

「鈴木先生、貴重なお時間をいただいて、ありがとうございました」

 思い出したように、サヤマも鈴木先生に向き直る。その態度は、完全にフランクな〝友達感覚〟で。

「じゃあ先生、俺は教室戻るわ。あとよろしくな!」

 サヤマの長い腕が、鈴木先生の背中をバシンと叩いた。

 余程ぼんやりしていたのか、鈴木先生はその衝撃でバランスを崩し、手にしていた出席簿を床に落とした。それが私の足元にバサリと開かれて――

「えっ……!」

 私の視力は、両方とも二.〇。それでも見間違えを疑って、そこにしゃがみ込みまじまじと見つめる。

 クラス全員のフルネームが、印字でなく手書きで並ぶアナログな出席簿。

 一番上にある私の名前が……黒板に書かれていた、やや右上がりの文字と同じだった。


  * * *


 私はたぶん、そのことを告げるべきじゃなかった。一旦胸の中にしまって、後でそっと確認すれば良かった。

 でも、私の口は止まらなかった。

「鈴木先生っ……先生が犯人だったんですかっ?」

 悲鳴にも似た私の声に、シンと静まり返る教室。それは嵐の前の静けさだった。

 次の瞬間、クラスの一体感はMAXを越えた。

 ほぼ全員からの罵声が、古い木造校舎を揺さぶる。あまりの騒ぎに驚いたのか、隣のクラスから自習中の生徒たちが野次馬にやってくる。

 冷静さを失わなかったのは、サヤマだけだ。

「おいおい、皆ちょっと落ち着け! てめーらは自分の教室戻れ!」

 珍しく声を荒げたサヤマが野獣のような目つきで睨みつけると、皆ピタリと口を閉ざし、野次馬もあっさり撤退した。

 再びクラスは静寂に包まれた。だけど、今までとは全く質の違う静寂だ。

 これは音も無く静かに燃える青い炎……。

 皆の怒りが炎になって、この教室ごと燃やしてしまうんじゃないか。教卓の脇にしゃがみ込んだまま動けない私は、そんなことをイメージした。

「チビ子、大丈夫か?」

「あ……うん」

 差しのべられたサヤマの手。「要らない」と突っぱねる気力もなく、私はそれを掴みゆるゆると立ち上がる。入れ替わりに腰を落としたサヤマが、長い腕を伸ばして私の足元から出席簿を拾い上げる。そこに素早く目を通し、私と同じ事実を見つけてクッと眉尻を上げる。

「確かにこの字体は、さっきのアイアイ傘と一緒だな」

 生温い小学校の学級会から、冷酷な裁判へ。糾弾される被疑者は、本来この中で最も上の立場にある人物だ。

 なのに彼は、生徒たちの誰よりも小さく縮こまって震えている。

「あの……鈴木先生、どうしてですか? 何か、理由があるんじゃないですか?」

 皆から舐められているとはいえ、先生は先生だ。自分がそこまで嫌われているとは思いたくない。

 でも鈴木先生は、力無く俯いたまま「すまない」と繰り返すだけだ。

 黙秘を貫こうとするその態度に業を煮やしたサヤマが、審判を告げた。

「このまま黙ってるつもりなら、担任と校長に報告することになるけど……いいですか?」

 冷静なように見えてそうじゃない。サヤマは本気で怒っている。たぶんこのクラスの誰よりも……。

 本気のサヤマは、顔も目つきも声も全部怖い。まるで毛を逆立てたライオンみたいだ。

 けれど、私のために怒ってくれているとしたら、すごく嬉しい。胸がじわりと熱くなる。

 ユカだけじゃない。サヤマはちゃんと、私にも優しいんだ……。

 これほど切羽詰まった状況なのに、そんなちっちゃいことで喜んでしまう自分は、我ながらバカだなぁ……なんて自嘲しかけたそのとき。

 教室の後方から、かすかな声がした。

「もう……やめて。お願い……」

 肩を震わせ、ポロポロと涙を零していたのは――

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