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2 事件発生!

「チーちゃん、体育行こっ!」

 既に親友と呼べるくらい仲良くなったユカが、爽やかな笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。鈴が鳴るようなユカの声に引き寄せられ、クラスメイトの視線も自然とこっちに集まってくる。

 私たちが密かに『凸凹コンビ』なんて言われていることも、良く知ってる。

 コンプレックスをチクチク刺激される反面、私はちょっぴり誇らしい気分になる。周囲から浴びせられる刺々しい視線の意味は、ズバリ『嫉妬』だ。人気者のユカと仲良くなりたい、という気持ちの裏返し。

 ユカの笑顔は、同性の私から見てもめちゃめちゃキュートだ。それを見るだけで、汚れた私の心もキレイに洗濯されてしまう。

「そうだ、チーちゃん。その前にノート貸してもらってもいい? さっきの授業で一個メモ取り忘れちゃって……」

「ん、いいよー」

 机の中にしまったばかりの抗菌ノートを差し出すと、ユカは喉を撫でられた猫みたいに目を細める。

「ありがと! 今度お礼にまたクッキー焼いてくるね」

 その返事を耳にした私は、パブロフの犬状態。コクンと生唾を飲み込んで、甘い想像をする。サックサクで香ばしいバターとキャラメルの風味が舌の上に蘇る。

 そのとき、私の鋭い動物耳が、遠くで繰り広げられる男子生徒のひそひそ話をキャッチ。

『バレー部のユカちゃん、可愛いよなぁ……』

『背ぇ高いしキレイ系だからとっつきにくいけど、中身は女の子ーって感じで』

『つーか、そのギャップが最高!』

 私はうんうんと一人頷き、彼らに芽生えた仄かな恋心にこっそり涙する。

 親友の私にだけ打ち明けられた事実……実は、ユカにはもう好きな相手が居るのだ。相手は男子バレー部のキャプテンで、入学直後にほぼ一目惚れだったらしい。

 とはいえ内気なユカは、なかなか彼に近付けない。三年生は夏で引退してしまうから、それまでに仲良くなろうと一日一日を大切に過ごしている。

 一方、地味キャラの私は無趣味の帰宅部で、何となく過ぎて行く日々。学校生活に特別な不満はないけれど、苦手な体育がある日はつい愚痴っぽくなってしまう。

「あー、また今日もバレーか……ユカと同じチームになりたいよー。二クラスシャッフルだし無理かなあ」

 体育館へ向かう生徒たちの群れの中、私は湿っぽい溜息を落とした。

 私とユカが仲良くなったきっかけは、体育の授業だった。超のつく運動オンチの私にユカが優しく指導してくれて、私はすぐに懐いてしまった。それからというもの、暗記メモ系は私、運動音楽系はユカと、交互に得意科目を教えあっている。

 まあ運動の場合は、教わったからといってすぐに上達することは無いんだけど……。

「ちょっと早く行って、サーブの練習しよっか。サーブさえ入ればなんとかなるよ」

 大丈夫、と握りこぶしを作ってみせるユカに、私は曖昧な笑みを返した。

 確かにサーブが決まれば、パスやレシーブでミスした分を取り返せる……でも、私の放ったサーブがネットを越えるのは奇跡と言っても過言ではない。

 たかが体育の授業と侮るなかれ。いざ試合になれば、勝ちたいと思うのは当たり前。たった一人の凡ミスで勝利を逃すとなれば、チームメイトがイラつくのも当たり前だ。

 皆のストレッサーになるくらいなら、一生ユカの後ろに隠れてボールに触らず人生を終えたい……。

「あーあ、せめてもうちょっと背が高くて、腕が長くて、足も長かったらなぁ……」

 私がジャージの入った巾着袋をぶらぶらさせながら言うと、後ろから「イテッ」と声がした。

「あっ、ゴメンナサ……」

 振り返った私は、一気に不機嫌になる。サヤマだ。

 反射的に、唇から悪態が飛び出す。

「悪いけど、あんたがデカイ図体してるから当たるんだよっ。もっと端っこ歩いてよねっ」

「全くチビ子は、良く吠えるポメラニアンだなあ。ユカちゃん、キチンと躾しとけよ? じゃないとうちの兄貴に……」

「ワァーッ! ちょっとサヤマ、こんなとこで何言ってんのっ!」

 私の叫び声が、廊下中に響いてしまった。何事かという生徒たちの視線を浴び、私はユカと二人赤くなって俯く。ユカの場合、身長が百七十センチもあるから、俯いても真っ赤な頬が丸見えなんだけれど。

 サヤマは「じゃーな、ユカちゃんとポメ子!」と笑いながら、人ごみを器用にすり抜け長いストライドで走り去った。

 ――アイツ、本当にムカツク!

 今体育館へ向かっているのは、うちのクラスとサヤマの居る隣のクラス、合わせて八十人弱。皆最短ルートを通りたいから、狭い廊下は大渋滞になってしまう。

 そんな場所で、よりによってユカの〝好きな人〟の話をしようとするなんて……。

「アイツ、今度同じことしたら殴る!」

「でも佐山君って、やっぱカッコイイよね……」

 二人同時に全く違うことを言ったので、私たちは顔を見合わせて笑った。他の女子がサヤマに対してキャアキャア騒ぐのはイラつくけれど、ユカが言うなら平気だ。それは理由がハッキリしているから。

 ユカはサヤマ対して、大きな幻想を抱いているらしい。

『もしも〝佐山先輩〟と自分が、同学年だったら?』

 そう、ユカの恋するバレー部キャプテンは、サヤマのお兄さんなのだ!

 私から見ると、佐山先輩はバカサヤマと違って、完璧な爽やかスポーツ少年だ。

 先日ユカに誘われて初めてバレー部の試合を見に行ったときも、ギャラリー席から遠目に観察しただけで「ユカが好きになるのも納得」と思ったくらい。

 特に、スパイクを打つときの反った背中の筋肉とか、レシーブを受けるときのモリッと浮かび上がる太ももの筋肉とか、とにかく筋肉の付き方がすごくキレイで……。

 という感想をユカに告げたら、「チーちゃん、その話誰にも言わない方がいいよ? チーちゃんの乙女ブランド力が下がるから」と苦笑した。

 どうも私は、黙っているとちっちゃくて女の子っぽい小動物系キャラらしい。でも口を開くと、キャンキャンうるさいポメラニアン……。

(くそう、サヤマめ……上手いこと言いやがって!)

 私は巾着袋の紐を握り、本体をサヤマに見立ててポコポコ蹴飛ばしながら歩いた。サヤマをギャフンと言わせるあだ名は無いかと考えたものの、残念ながら無駄にデカイとか前髪ウザイとか、ありきたりな言葉しか思い浮かばなかった。

 実際アイツも、口を開かなければ佐山先輩とそっくりな好青年なのだ。

 あの視力が落ちそうな長い前髪をバッサリ切ったら、かなり爽やか度アップするのに、ちょっとイマドキ風の無造作ヘアなんて作ってしまっているのがまたムカツク。制服のボタンもちゃんと留めないし、ネクタイはいつもゆるゆるだし、時計は誰もが知ってるブランド品だし。

 気づけば、いつも派手な女子に囲まれているし……。

「ホント、何でアイツは私なんかに……」

「ん、どーしたの、チーちゃん?」

「ううん、ナンデモナイ」

 ふと零れた呟きをユカにレシーブされ、私は慌ててごまかし笑い。それでも、胸の奥に芽吹いた疑問は消えてくれない。

 サヤマは、なぜ私にちょっかいを出すんだろう?

 良く良く考えると、サヤマは『クラスメイトA』の私とは接点が無いキャラなのに。

 実はユカ狙いで、ユカと仲良くなるために付属品な私を利用してるとか……?

 私はチラリとユカの横顔を盗み見る。

 透明感のあるスッキリした顔立ちをした、モデル系美少女のユカ。つぶらなアーモンド形の瞳は、吸い込まれそうになるほどキレイで、ついうっとり見惚れてしまう。

 良く芸能人のデビュー秘話で「友達が勝手にオーディションに応募して」と聞くけれど、そのお友達の気持ちが良く分かる。神様が創った芸術品であるユカを、身近な人間だけが愉しむのはモッタイナイ。

 となると、サヤマだって充分メンズ系雑誌のモデルに……なんて想像しかけた私は、ぶんぶんと頭を振った。

 アイツを褒めるなんて、冗談じゃない!

 だけど……。

「ちょっと意地悪なだけで、悪いヤツじゃないんだよね……」

 私はユカにも聴こえないくらい小さな声で、ポツリと呟いた。蹴飛ばし続けていた巾着を、ギュッと抱きしめて。

 言葉も、態度も、眼差しも……今のところ私が見つけたサヤマの優しさは、私じゃなくてユカに向けられるものばかりだ。

 サヤマは、ユカのことが好きなのかな?

 でもサヤマはユカの気持ちを知っていて、なんだかんだ応援してくれているようにも見えるし……。

 私は「考えすぎかな」と呟き、そのことを棚の上に置いた。


  * * *


 その日の体育は、散々な結果だった。

 願いも空しくユカとは別チームになって、しかも相手チームにバレー経験者がいたものだから、私は穴として狙われて見事にミスを連発。

「あー、疲れたっ」

「やっぱチーム分けは、くじ引きじゃなくて実力も考慮して欲しいよねぇ」

 かりそめのチームメイトたちが、けだるそうにコートを出て行く。私は捨てられた子犬みたいにしゅんとして彼女たちの姿を見送った。

 肩先で弾む、明るい栗色のロングヘア。結んだ大ぶりなシュシュを外す、キラキラの長い爪。ボリュームアップしすぎてヒジキになった睫毛。

 団体で歩かれると、誰が誰やら見わけがつかない彼女たちは、同じクラスなのにまだ喋ったことのない派手系の軍団だ。元々仲良くなれる気がしなかったけれど、実際にこうして白い目を向けられると……予想以上にヒットポイントを削られる。

 ユカの「ドンマイ」という体育会系な慰めを受けながら、私はとぼとぼと更衣室へ向かった。手早く着替えると、ユカに「飲み物買ってくる」と告げて学食へダッシュ。冷たい牛乳を一気飲みし、気分をリフレッシュ。

「よし、これで身長一ミリ伸びた!」

 いつもの刷り込みをしつつ、軽い足取りで教室に戻ると……世界は一変していた。

 一歩足を踏み入れた瞬間、ざわめいていた教室の中がシンと静まりかえった。

 同時に、クラスメイト全員の視線が私一人に集中する。

 決して好意的ではない、むしろ悪意に満ちた視線だ。頭の片隅に『針のむしろ』という言葉が浮かぶ。

「え……?」

 いったい何事かと教室内を見渡した私は、黒板に描かれていたあるモノに、目を奪われた。

 深緑色の黒板に、わざわざチョークを横向きに使った太い線で描かれていたのは……。


『相川千夜子【はーと】佐山悠太』


 それは何年かぶりに見た、アイアイ傘。

 小学生の頃、ちょっとませた女の子たちが、雨の日の曇った窓ガラスにこんなマークを描いていたなと思い出す。自分と好きなアイドルかなんかで。

 私の口からポロリと漏れた言葉は。

「幼稚……」

 なんて古典的なイヤガラセだろう。

 しかも、何で私がサヤマの相手? それこそユカなら、身長も釣り合うし美男美女でお似合いなのに……。

 教室の入り口で、ポカンと口を開けて立ち尽くす私。

 フリーズしていた思考が溶け出したとき、真っ先にキャッチしたのは「クスクス」という、密やかな笑い声だった。私はその声の主を求めて、視線を彷徨わせる。

 案の定、笑いながら私を見ているのは、今日同じチームで戦ったけれど全く仲良くなれなかった派手女子軍団。

 ――こいつらが犯人?

 だとしたら、小学生からやり直して来いと言いたい。アイアイ傘の三角のところに縦線が突き抜けると、意味が真逆の〝別れ傘〟っていうんだよ!

 湧きあがる怒りが、私の背中を強く押した。私は派手女子軍団も、その他高みの見物をしているクラスメイトたちも無視して教卓に向かうと、黒板消しを手に取った。

 さっさと消してしまおう。それで、忘れたらいいんだ。

 消して……。

 くそっ……届かないっ!

 黒板の左隅、最上部から書かれたその文字は、チビで腕も指も短くておまけにジャンプ力も皆無な私には最高のイヤガラセだ。

 私がぴょんぴょん飛びながら少しずつ文字を消していくのを、皆笑いながら見ている。こんなとき頼りになるユカは、おトイレにでも行ったのかまだ戻らない。私は悔し涙が滲んでくるのを引っ込めようと、瞼を手で擦って……。

 粉だらけの黒板消しを握っていたことを、すっかり忘れていた。

「イタッ……」

 やばい、目にチョークの粉がっ!

 入り込んだ異物を追い出そうと、大量の涙が放出される。思わず瞼のシャッターをギュッと閉じたとき、私の耳に飛び込んできたのは……聞きなれた、ムカツクあの男の声だった。

「おいおい、うちのポメちゃん泣かせてんの、誰だよ?」

 いつもうちの教室に入り浸っているサヤマが、いつにも増して乱暴な足音を響かせながら、私の元にやってきた。

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