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第八話 死にたくないから仕方なく


「あら、随分と早いおかえりだったわね……」


 演習場へ通じる扉から出てきた俺とタチバナに、外で待っていたのかクレリア・オルゴート先輩は小さく微笑んだ。


 …………やかましいわ。


 あからさまにグッタリしている俺と、見るからにしょんぼり落ち込んでいるタチバナ。何でこの有り様を見て笑ってられるんだよ、ドSが!


「いや、こんな危険区域………何の準備も無しに突っ込んだのが間違いでした……」


 始めて入った演習場。

 いや、あれはもはや演習場なんて柔な物言いが出来るほど、簡単な所じゃない。


 何が起こるか分からない魔法の世界において、最も危険とされる人、自然、罠、魔物。

 あの森は、それらの一つである魔物の宝庫だ。


 圧倒的な戦闘能力を持つ騎士クラスの魔法使いなら、何の問題もなく入れるのだろう。

 けど、俺もタチバナも、所詮は魔法使いですらない学園通いの見習いだ。


 もう一度、安易な考えであそこに踏み入れば帰れって来れる保証は皆無。

 訓練をおりる、という選択は……………依然として残されていないようだ。美人な容姿が逃がさない、と笑っていた。


 …………なら、最低限の備えがいる。


 危険区域の攻略に必要なのは、状況の把握と、それに対応した生き残るための策。

 命が懸かってんだ。少しの妥協もしてられねぇ。

 しかもその命、俺のだし。……………あとタチバナのも。

 

「とにかく今日は帰る。きちんと演習場に入る準備をしなきゃ話にならねぇことが分かった」


「あら、まるで準備さえしていればこの訓練が問題ないみたいな言い方ね」


「訓練のやり方がすでに問題だがな……」


「ちょ、コウジ……」


 ハッキリと本音を口に出した俺に、タチバナが困り顔で咎めるような声を飛ばしてきた。


 いや、だって事実だろ。


 少なくとも問題ない訓練じゃないぞ。いっそのこと問題外の訓練かもしれねぇ。


「まぁいいわ……指定した期間の二週間、あなたたちの演習場への入場許可は取ってあるから、いつでも攻略に入って構わないわよ」


 そう言い残し、クレリア・オルゴートは行ってしまった。

 …………アドバイスも無しに放置かよ。それは訓練とは呼ばねぇ。

 訓練メニューを提示してるだけだ。

 あー、頭痛がしてきた。


「コウジ……」


 こめかみ辺りを抑えていると、タチバナが少しヘコミ気味の表情でしょんぼりした目を向けてきた。

 課題の失敗に落ち込んでるのは分かるが、なんかペットみたいな可愛らしさだな。

 間違っても口には出さんが。


「どうした?」


 問い返したら俯いてしまった。

 何だよ。


「…………」


「…………ごめんなさい」


 謝られた。


 巻き込んでごめんなさいってか?


 生憎と巻き込まれたんじゃなくて姉貴に強制連行されたんだけどね。

 言葉の続きを待っていると、タチバナは萎んだ声で話し出す。


「………私……今日みたいな、魔物を相手にここまで実戦的な訓練をするのは始めてで……クレリア先輩には技能訓練の通りにやれば心配ないって言われてた。でも………、」


 魔物を実際に目で見て、殺気を肌で感じる戦場の空気。それは、魔法学園の授業で行うただの技能訓練とはまるで違う。


 誰もが経験する始めての戦場―――実戦の重圧ってやつは、何事でも大きな壁だろうな。


「あー、まぁ、最初はそんなもんだろ」


 ていうか…………、魔物を相手にするの始めてだったんだ。どうりで、あんな無茶な動きをする訳だ。


 魔法界の危険因子の一つである魔物。その基本的な対応手段は、魔物の弱点を知ってそこを突く。出来ないと判断したらすぐに退く。それが鉄則だ。

 先ほどの森で、俺の物言いは間違っちゃいない。決して俺が逃げたかった訳じゃない…………たぶん。


「私……何でクレリア先輩がコウジを同伴者に選んだのか分かった気がする。今日、コウジがいなかったら、たぶん私は無事に帰って来れなかったと思う……」


「…………んなことはねぇだろ」


 と、言い切れるかどうかは怪しいか。あのときのタチバナ、課題を達成することで頭が一杯だったみたいだし。

 勝ち目の無い魔物を相手に、不用意だったのも事実だ。


「コウジはちゃんと状況を見て、冷静に退くことを選んでた。そんな判断が出来るから、先輩はコウジを訓練の同伴者に選んだんだと思う」


「………それは買い被り過ぎだ。つうか、俺は同伴者じゃなくて実刑者扱いだしな。役に立つとも思われてねぇだろ」


 ヒラヒラと軽いノリで返してみても、タチバナの表情は暗いまま。だが小さく首を振り、俺の言葉に否定を返してくる。


「………私が今までクレリア先輩から指導を受けていたのは、魔法使いとしてのスキルの向上。実戦のことは実戦でしか学べないからって、そう言われてた」


「間違ってねぇな……」


 どんなに理屈を並べても、どんなに知識を語っても、たった一度の戦場で得られる経験に勝るものはない。

 その経験がもしかしたら、魔法使いとしての人生も左右するかもしれない分かれ道にもなる。

 時代の流れによってやり方は変わっても、本当に知るべきことは変わらない。


 戦場に立つことが、どういうことなのか。


 魔法で戦うことが、どういうことなのか。


 姉貴はいつも、大事なことはそれだと言っていた。命を懸けた魔法使いの戦いだからこそ、本当の意味で、それを知らなければならないんだと。


「今日はいい経験したと思って、大人しく引き上げるぞ」


「………うん」


 あまりに素直な返事だ。よっぽどショック受けてんのか、と思うが。悪い傾向じゃない。

 こういう受け止め方が出来る奴は、長生きするらしいしな。


「………タチバナ……お前、明日の放課後は暇か?」


「え?」


「言っただろ……この森に入るには準備がいるって。元はお前の訓練だ………ちゃんと準備くらいは手伝えよ」


 俺の言葉に、呆然と目を見開くタチバナ。何そのアホ面。美人のする顔じゃねぇぞ。


「何だよ。準備が嫌だってか?」


「いや、そうじゃないけど……」


 じゃあ何だよ。


「本当に、あんな魔物たちを倒せるのかな……、って……」


 不安そうな声。ここで俺に任せろ、とでも言えればカッコいいんだろうが。敢えて言おう、


 ……………俺が訊きてぇよ。


「やるだけやって、出来なきゃ逃げる。それで十分だ……」


「何それ……」


 くすり、と小さく笑いを溢したタチバナは、遠慮がちに頷いた。


「じゃあ、放課後ね」


「おう……」


 こうして、俺たちの本格的な危険区域攻略が始まった。

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