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第七話 逃走は世界最強の戦術だと思う

 餌に釣られたとはいえ、迂闊過ぎた。

 ここは上級生用の演習場。


 危険! 危ない!! デンジャラス!!!


 そんな森の中の追いかけっこ。当然の如く命がけ。捕まったらマジで八つ裂きにされるだろう。

 タチバナを引きずるように全力でその場から逃げ出した俺は、チラリと後方に目をやる。

 ……………『人狼』が、猛然と追走してきた。走り方がマジすぎて怖い。

 というかヤバい。

 ゾッとする。


「『火炎の弾丸 』」


 走る最中にも振り返り、タチバナが何度か魔法を放っているのだが全く効いてる様子はなかった。


「体力の無駄だ……やめとけ……」


「でも!」


「今は逃げることに全体力を注ぎ込むのが得策だぞ? どうせ真っ向から勝てる相手じゃねぇ……」


 変わらずタチバナの片手を引く俺は、いっそのこと置いて逃げようかと、手を離すか離すまいかの思考を頭の中で戦わせていたが、さすがに女の子一人を置いて自分だけ逃げたなんて姉貴に知れたら殺されるレベル。


 敢えて言うが、あの狼人間より姉貴の方が怖いです。

 そんなことを思う中でも、狼人間は迫ってくる。

 くっそ、マジで迂闊だった。せめて魔物対策にもっと何か用意しておけばよかった。


「タチバナ、お前……『火炎の弾丸』以外の魔法は使えないんだったな……」


「え? あ、うん……」


 申し訳なさそうな顔をしながら、タチバナは小さく頷く。


 よくもまぁ、そんな少ない手札でこんな戦場に突撃できたな。逆にすげーよ、この女…………。

 確かにそれでも第二学年であることを考えれば、十分過ぎるレベルで魔法を扱えてる方だ。

 南大陸に存在する他国と比較して、魔法使いの平均レベルがかなり高いといわれているこのレイバ国だが、第三学年で精霊魔法の学習が始まり、それからまともに初級魔法をコントロール出来るようになるのは第五学年からだ。


 それを考えると、第二学年の時点で魔法を発動させ、正確に目標へぶつける技術は紛れもなく天才の所業だ。


 とはいっても、初級魔法なんぞ、中級クラスの魔物であるところの『人狼』が相手じゃクソの役にも立たないが。


「どうしろってんだ」


 ―――何とかしなさい、男でしょ?


 何故か今………姉の声が聞こえた気がした。


「こ、コウジ……追い付かれるよ! 」


 タチバナに言われて後ろに目をやれば、狼の顔がもうすぐそこに迫っていた。二足歩行だが足の速さも狼そのものだ。

 我々人類が逃げ切れるスピードではない。


「くっそ! 退がってろタチバナ!」


 荒っぽく腕を引っ張り、タチバナを背後に回すと、俺は制服の上着の下……ベルトに備え付けたホルスターに手を…………伸ばす………躊躇いながらも。


 使いたくない使いたくない使いたくない使いたくない使いたくない使いたくない使いたくない使いたくない使いたくない使いたくない。


 使いたくないが!! 使わなきゃ死ぬ!!


 心の声が叫びを連呼する中、俺は迷いを断ち切るようにホルスターを開け、中に手を入れ、それを取り出した。


 洗練されたマイ・フェイバリット。ガラス製の試験管の中に入ったワインレットの液体は、丹精込めて育てた薬草から丁寧に丁寧に作った魔法薬だ! 大事なとこなのでもう一度、丹精込めて育てた薬草から丁寧に丁寧に作った魔法薬だ!!


 作ったのは誰だ!?


 俺だ!!


 俺はそれを、『人狼』目掛けてぶん投げた!

 ぶん投げてしまった!!


「クソったれえ~~!!!」


 もはや涙の叫びである。

 あ、ちょっとマジで涙が。


 被弾(?)した試験管は無情にも割れ、中の液体が舞い上がる。というか飛び散る。


 瞬間、激しい閃光と爆発が、周囲を巻き込んで凄まじい風圧を呼んだ。


「うお!」


「きゃあ!」


 思いの外、爆心地は近かった。それだけ『人狼』の位置が近かったということだが、投げるか投げまいか躊躇したのが原因だろう。結果、俺とタチバナも爆風に煽られ、二人してそのまま吹っ飛ばされた。


 ◇ ◇ ◇


 何て言うか、あれだな。

 ボロボロだな。


「いってぇ……おい、タチバナ……大丈夫か?」


「う、うん、どうにか………」


 爆発の余波で数メートル転げた俺たちは、森の入り口手前まで戻ってきていた。


「ったく、なんつー威力だよ……」


 まあ、あれを作ったの俺なんですけどね。あはは……はぁ、俺の魔法薬………グスン。


「あ、あの、コウジ………そろそろどいてくれない……かな?」


 か細い涙声が聞こえて下を見れば、俺に押し倒された体勢のまま縮こまってる美少女の姿。言うまでもなく立花レーナです、はい。


 吹っ飛ばされる最中、咄嗟に爆風から庇おうと覆い被さったんだった。

 紳士だな、俺。いやぶっ飛んだのは俺の魔法薬のせいだけど。


 極めて平静に立ち上がり、手を差し伸べてタチバナを引き起こす。


「あ、ありがと……」


「ああ、と、取り敢えず、『人狼』の気配はもうないな。また魔物に出くわす前にさっさと森から出るぞ……」


 何をどうするにしても、森の中で動くことを考えると…………考えたくないな。


 まあ、それなりに準備はいるか。


 これ以上、無駄な薬品は使いたくないし。

 という訳で、森は出る。逃げるんじゃないぞ。ただ、最強の戦術を使うだけだ。


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