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第六話 餌に釣られて……

 沈黙の睨み合い。といっても睨んでるのは俺だけで、オルゴート先輩は何でもないように平然とした様子でいる。


 当然か。魔法戦闘の前列に並ぶ本物の騎士が、四つも年下のガキに睨まれたって蚊に刺された程度の気分だろう。気にもしないし、意味もなさない。それでも俺は、その眼差しを引き下げなかった。


 しかしオルゴート先輩は、あっさりと視線を俺の隣へと移し変える。


「……レーナ」


「は、はい……」


 先程からどうしたら良いのか分からずあたふたしていたタチバナは、突然話し掛けられて身を強張らせたようにビクリと挙動した。


「ごめんなさい。少しだけ外してもらえないかしら?」


 言外に俺と二人で話したいと提案するオルゴート先輩。その言葉が意外だったのか、タチバナはさらに困惑した表情を浮かべた。


「……あ、え?」


 意味がわからなかったのは俺も同じだ。わざわざタチバナに席を外させて、聞かれては困るような話すほど、俺と先輩は互いのことを知らない。むしろ同級生のタチバナがいた方が俺と上手く話しやすいはずだ。


「すぐに済むから……」


「は、はい……わかりました……」


 にこやかに言った先輩に頷き、タチバナは俺たちから少し離れ、会話の聞こえないくらいの位置で、成り行きを見守る体勢に入った。


「……何の話をするのか知りませんけど、俺はあなたの言う戦闘訓練を受けるつもりはありませんよ…… 」


 どう説得されようが動くつもりのない俺を見て、オルゴート先輩は含み笑いを浮かべた。


「……じゃあ、レーナは一人でこの危険な演習場に入らないとダメなのね…………あの子だってこの演習場を使った訓練なんて始めてなのに………可哀想…………」


「………」


 至極分かりやすく、あまりにわざとらしい悲しそうな声で、クレリア・オルゴートはそう言った。


「……どこぞの根性無しが行かないから、レーナは一人淋しく危険区域へ……」


「……いや、それあんたの出した課題だろ。何で俺が悪いみたいに言ってんの!」


「……まぁこれは冗談として」


「冗談じゃねぇよ! ……少しは自分の弟子を心配しろ……マジで死ぬぞ!」


 どれだけ言っても余裕の表情で、オルゴート先輩は受け流す。本当に何を考えてるのか俺には分からない。

 頭を悩ませ始めた俺を見て、先輩は一度咳払いをする。そして、面白がるように口を開いた。


「この訓練は、ちゃんとあなたにもメリットはあるわよ」


「明らかにデメリットの方が多いと思いますが、一応聞いておきます」


 ハイリスク・ハイリターンの精神は、正直あまり好きではない。まず、リスクを負うのが好きではない。この危険区域に入るという時点で死のリスクを負っているため、どんなメリットがあったとしても、俺が動く理由にはならないと思う。


 だが、長い銀髪を煌めかせる先輩は、綺麗に微笑みながら、俺にとっての至高の飴を垂らしてきた。


「……演習場の森林地帯の中には……この街の商会や近隣外でも取れない『魔法薬』の材料が多く成っているわ……学園の許可もとったから、自由に採取して構わないわよ」


 ◇ ◇ ◇


 薄暗く深い森の中。俺とタチバナの二人は、比較的歩きやすい通り道らしい部分をソロソロと慎重に、並んで歩いていた。


「どうして急に行く気になったの?」


 場所が場所だけに、周囲を警戒しながら緊張気味の声で、タチバナが訊ねてきた。


 オルゴート先輩の話を聞いて、瞬く間に手のひらを返した俺の豹変振りには、最初タチバナも目を丸くしていた。

 まあ、あんなに嫌だ嫌だと言っていた俺が、自分から「行く」と断言したのだから、不思議に思うのは当然だろう。


「気にするな。俺はこの森の植物採取が出来れば良いだけだから……」


「……へ? コウジって、そんなのに興味あったの?」


「ああ……俺は家が魔法薬を扱う仕事してるからな。魔法には興味ないが、そっち方面のことは結構好きなんだ」


 場合によっては、採った材料を親に売り、金にする。欲求を満たし懐も満たす。何と素晴らしいことだろう。


「俺はやりたいことやるから………タチバナは遠慮なく、先生マスターの出した課題に挑戦しててくれ!」


 気持ち悪いくらいテンションの上がった俺に、タチバナはドン引きしていたが、それすらも気にならない。今の俺の興味は、この森の中に繁る珍しい薬草や果実に全て持っていかれて、他のことなど頭に入ってこない。


「いや、コウジ………この課題は二人でってクレリア先生が言ってたから、ちゃんと手伝ってよ……」


「手伝えって、俺なんかが役に立つと思ってんのか? 戦闘訓練どころか、まだ魔法だって授業で習ったことないのに……」


 南大陸の魔法学園で本格的に魔法を習うのは第三学年からだ。

 この世界の魔法は基本的に、魔力を込めた言霊を使って精霊を操ることで発動するものなのだが、当然、人には個性がある。南大陸は主に、第一種から第四種までの種別に魔法が分けられていて、自身の得意とする魔法を見極める授業は、第三学年にならなければ始まらない。今現在の俺たち第二学年がやっている魔法の実習授業は、ただの保有魔力の制御訓練だ。


 魔法を学ぶ初歩の初歩。魔力の塊を飛ばす『魔力弾』やら、魔力の集中を高める『魔力統一』やら、ほとんど戦闘に使えないようなものばかりだ。


 俺は実習の授業をサボってるが、成績事態は上の方に位置している。といっても、所詮は見習いの第二学年のレベル。魔物と戦うなんて話にならない。


 という訳で、


「俺を戦闘要員として見ること事態が間違っている」


 キッパリと言い切った俺の姿に、タチバナは頭を抱えた。


「胸張って言うことじゃないでしょ………」


 心底呆れたように言い深いため息を吐き出すタチバナを横目に、俺はどこ吹く風でキョロキョロと視線を周囲の森へ右往左往させる。


「……それよか、お前の方こそ大丈夫なのかよ……」


「え?」


 ポツリと漏れた俺のセリフに、タチバナは首を傾げた。


「いや、魔物と戦うことだよ………いくらあのクレリア・オルゴートの弟子だからって、見習いは見習い………『牛鬼』を捕獲してくるなんて無理だろ……つか、捕獲してもどうやって連れて帰るんだよ」


 魔法生物『牛鬼』――二足歩行型の獣人種で、全長およそ三メートルと四百キロの重量を持つスーパーヘビー級。たとえ、万が一、奇跡でも起きて倒せたとして、子供がお持ち帰り出来るようなお手軽なものじゃない。


「………うーん、正直、勝てるかどうかはわからないかな……」


 …………本当に大丈夫かよ。

 マジで身の心配をした方が良さそうだ。


「お!?」


 改めて散策を始めた俺は、草原から伸びる一輪の紫色の花に目を止めた。


「『パールフラワー』だ! スゲー珍しい! 生で見たの始めてだ!」


 魔法植物としての価値はAクラス。魔物が多く生息する場所にのみ咲いている花――『パールフラワー』は、王都の市場や街外の近隣ではまず目にしないものだ。主に身体能力強化に作用する魔法薬の材料となるものだが、どんな種類の身体強化にも適応したものがハイレベルで作ることの出来る、中々に貴重な花だ。


 突如興奮状態に入って花の元までダッシュした俺に、タチバナは唖然としていた。そんな彼女をほっといて、さっそく摘み取り作業に入る。


 根を深く張ってるため、軽く摘まんだ状態から、茎を傷めないよう慎重に慎重にソッと引き抜いていく。


「……凄い……丁寧だね……」


 傍まで寄ってたタチバナが、様子を覗き見てそう言う。


「当たり前だろ……貴重な魔法植物なんだから…………よし、上手く採れた……」


 壊れ物を扱うように手のひらに乗せ、ポケットから緑色に光る宝石のような丸石を取り出す。


「……それは?」


「『収納』魔法が掛けられた魔法石だ。ちゃんと保管しとかないとな……」


 魔法文化の世界で使われている日常道具の中には、技師たちが簡易魔法の式を組み込んだ魔法具と呼ばれるものがある。魔法の才能がないものでも気軽に使えて、店に行けば誰でも購入出来る便利なものだ。

 俺は『収納』の魔法式が掛けられた丸石に『パールフラワー』を掲げ、石が小さな光を放つと、手の中にあった魔法植物は吸い込まれるように石の中へと消えていった。


「回収完了……と!」


「え?」


 作業を終えたと思った途端………突然と不穏な寒気に襲われた。


 寒気の正体は、野生の獰猛な殺気。


 はしゃぎ過ぎて忘れていた。ここは、危険区域だということを。

 振り向いた先に立っていたのは、人の形をした、狼。人獣型の魔物。『人狼』だった。


「ッ!!」


 ―――そして話は、冒頭へと戻る。

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